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千客万来 …5
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それからしばらく、ルシエルとイーサンは本の話題を交わした。
どんな本を読んでいて、どこが面白かった、と言うような話だ。
ただ、図書館という事もあり、小声で話しているからいつもより二人の距離が近い。
それに気付いたルシエルが、少し身体を引いた時だった。
「それにしても、最近あまり中庭に顔を出さないな?」
イーサンが同じだけ距離を詰めてそう聞いた。
またほんの少し身体を引いて、ルシエルが答える。
「あ、あの、勉強に忙しくて……」
そうして、先程まで勉強していた本に視線を移した。
イーサンも同じようにそれらの本に視線を写す。
「そうか……。避けられているのかと思ったぞ」
「滅相もございません!本当に、勉強が忙しかったのです」
「勉強か……」とつまらなさそうに答えながら、イーサンが王家の歴史の本を指でなぞった。
(しまった。なんでこんな物を勉強しているのかと問われたらどうしよう!)
もちろん、イーサンにルシエルがアルフレッドと付き合っていることは話していない。
何か聞かれたらどうしようとルシエルは焦ったが、イーサンはその本の事には触れずにルシエルの手元に目線を落とした。
「手紙……を書いていたのか?」
イーサンが、ルシエルがひっくり返した便箋を見ながらそう言った。
「あっ、いえ、これは、その……っ」
紙が厚いためインクが透けることはないが、ルシエルは思わず"アルフレッド"と書いた部分を隠すように便箋に手を乗せた。
その行動にイーサンがピクリと反応する。
「フッ。どうした?慌てて。まさか、恋文か?」
「えっ?あ、いえっ!そういうのではないのですが……」
イーサンは冗談のつもりだったのだが、ルシエルが目を泳がせたのをイーサンは見逃さなかった。
「まさか……ルシエルには、恋文を書くような相手がいるのか?」
イーサンが驚いたようにそう言った。
「いえ、その……」
イーサンのその反応に、ルシエルまで驚いた。
自分にそんな相手がいるのは、そんなに驚く事なのか?と拗ねたい気持ちになる。
「ルシエルは婚約者はまだいなかったよな?……と言うことは、手紙の相手は想い人か?」
イーサンが、便箋を凝視しながら言った。
「えっと……婚約者はまだおりませんが、その……」
「想い人が……いるんだな?」
ルシエルは、イーサンの周りの温度が少し下がったような気がした。
今のくだりで何か怒らせるような事をしたつもりはない。
しかし、イーサンの物言いはルシエルを責めるような感じだった。
「……いま、す」
好きな相手がいる事は、他人に責められるような事ではないし、隠すような事でもない。
そう判断したルシエルは、正直に答えた。
ルシエルが答えると、イーサンが目線を上げてルシエルを正面から見据えた。
その真面目な顔に、ルシエルはたじろぐ。と同時に身体を少し後ろに反らせたのだが、その瞬間、机の上にあったルシエルの手が、暖かい物に包まれた。
その状況をルシエルが理解するまでに、数秒。
イーサンから、手を握られていた。
それに気付いたルシエルは、慌てて手を引く。
手はあっさりと離れたが、後味の悪い雰囲気がその場に残った。
「想い人は……私では無い、か」
イーサンが、フッと笑った。
「……は?」
イーサンの言っている意味が分からず、ルシエルは首を傾げた。
「ククッ。そうか、今、やっと気付いたぞ。と言うか、初めての経験かも知れないな…………これは、嫉妬、か」
最後の言葉は、イーサンが反対側を向いて呟いたので、ルシエルには聞こえなかった。
「あの……?」
「まぁ、そうとなれば、こちらを向かせるまでだ」
再びこちらを見たイーサンの目には、ギラギラした何かが宿っていた。
その目にルシエルの肩がピクリと跳ねる。
イーサンの手が持ち上がり、ルシエルの頬へと向かう。
ルシエルは、その様子を目の端で捉えていたが、蛇に睨まれたカエルのように、動くことが出来なかった。
「ルゥ!お待たせー」
あと少しでイーサンの手が触れると言うところで、後ろから声が掛かった。
ルシエルはハッとなって、その手から避けるように後ろを振り向く。
「ミィ!……あ、うん」
チッと小さく舌打ちしたイーサンも、前のめりになっていた身体を起こして、後ろを向いた。
「あら、イーサン殿下……ご機嫌麗しゅうございます」
ミシェルがにこやかに笑って完璧な淑女の礼をした。
その顔を見たルシエルは震えた。
おそらく、側から見たら完璧な微笑みだが、その笑みに怒りが乗っていることをルシエルは感じたのである。
さらに、イーサンの少し不機嫌そうな顔に気付かないフリをしてのその挨拶にも、ルシエルはおののいた。
「あぁ、ミシェル嬢。……と、後ろは?」
イーサンは、ミシェルの後ろにいたレオンに声をかけた。
レオンもいつもと変わらぬ澄ました顔をしているが、ピリリとした物を感じたルシエルは、なぜか居心地が悪くなった。
ミシェルは笑顔を崩さずに紹介を始める。
「こちらは私の友人のレオン・ベルモント様でございます。レオン様、この方はインディール国からの留学生のイーサン・バハーク殿下ですわ」
「レオン・ベルモントと申します。専門学部の1年でございます」
レオンが最敬礼をした。
「イーサン・バハークだ。……友人、か。覚えておこう」
レオンへと上から下まで視線をやった後で、イーサンは立ち上がった。
「ではルシエル……また」
そう言って、ルシエルにだけ微笑んで、イーサンはあっという間にその場を去った。
「ふーーん……」
イーサンの背中を見ながらポツリと呟いたミシェルから冷気を感じたルシエルは、思わずブルリと身体を震わせた。
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