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旅の恥はかき捨て …3
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翌日は、さっそく湖の方に行こうと言う話になった。
お弁当を持って、それぞれ馬に乗って湖を目指す。
ちなみに、貴族の嗜みとして、皆乗馬は出来る。
侍女達は連れず、4人で木陰にシートを広げて、のんびりとした時間を過ごす。
ルシエルは、朝からアルフレッドの方をまともに見ることは出来なかった。
朝の挨拶をした時に一度目は合ったが、すぐに逸らした。
目が、どうしても唇に行ってしまうのである。
意識しないように心に鍵をかけたつもりだった。
と言うか、散々泣いたし、もう平気なつもりだった。
けれど、実際に会うと、思い出すのはアルフレッドの熱だった。
今は、ミシェルとレオンの話す内容に耳を傾けるフリをして、必死に自分を無にしていた。
アルフレッドに対して抱く邪な心と必死で戦うために。
そんな時、ミシェルが「コホン」と咳払いをしてルシエルにだけ分かるような視線を寄越してきた。
ハッと気付いたルシエルがミシェルに目をやると、ミシェルが満足そうに微笑んだ。
「そう言えば、レオン様。『タリーと水の精霊』は読まれましたか?」
聞かれたレオンは「もちろんです」と笑顔を返した。
それは、ミシェルとレオンが読んでいる人気シリーズものの小説の一つだ。
どうやらミシェルの話では、その物語の重要な場面で登場する滝のモデルが、この近くにあるとの事だった。
それを見に行ってみたい、とミシェルは言った。
「へぇ!私もぜひ見てみたいですね」
レオンがそう言うと、アルフレッドが少し考えてからこう言った。
「では、荷物を片付けたら行ってみようか?」
そのやり取りを見ていたルシエルは、ミシェルの強い視線に気付いた。
そして、ミシェルに「応援して」とお願いされていた事を思い出す。
つまり、二人きりにしてほしいという訴えだ。
ミシェルの意図を汲んだルシエルは、必死で思考を巡らせた。
「えっと、私は……もう少しここで湖を眺めていたいなーなんて。その……」
言葉にして、しまった、と思う。
ルシエル一人がここに残っても意味がないのだ。
ミシェルとレオンを二人きりにしなければ意味がないのに、このままだとルシエル以外の三人が行くことになる。
しかし、アルフレッドを誘う言葉が見つからない。
どうしよう、とルシエルが思っていたところで、アルフレッドがこう言った。
「あ、あぁ……ルシエル君が残るなら、僕もまだここでのんびりしていようかな?なんだか昨日の疲れがまだあるし……君たち二人で行ってくると良い」
アルフレッドの言葉にルシエルはドキリとした。
自分から仕掛けておきながら、ルシエルと二人きりになるのはやはり抵抗がある。
「そうですか?宜しいですか?」
ニヤリとするのを抑えながらミシェルがそう言っているのがルシエルに分かった。
ルシエルは、ミシェルが単純にレオンと二人きりになる事を喜んでいるのだと思ったけど、まさか自分たちが二人きりになる事に対しても喜んでいるなんて想像もしなかった。
「しかし……」
反対にレオンはアルフレッドを気遣うようなそぶりを見せた。
もし本当に体調が悪いなら、ついているべきだと思ったからである。
が、アルフレッドがチラリとルシエルを伺うように見たことに気付いてハッとなった。
アルフレッドの恋を応援する人物が一人増えた。
「いえ、お心遣いありがたくお受けいたします。ミシェル様、参りましょうか?場所は分かりますか?」
「もちろんですわ!地図も準備してありますの。しかし、少し距離があるので、帰りは夕食の頃になると思います。……ルシエル、アルフレッド様に失礼のないようにね?」
「え?あ、うん」
そう言えば、自分はアルフレッドに失礼な態度をとってばかりだ、とルシエルは気付く。
今日も、まともに顔も見ず、不敬罪に問われても仕方ないくらい素っ気ない態度で接している。
なんでこんな自分にアルフレッドは優しくしてくれるのだろうか、と考えているうちにミシェル達は馬に乗って行ってしまった。
さわさわと、風が草木を揺らす音が、やけに大きく聞こえた。
アルフレッドと二人きりになったことで、ルシエルは心臓がバクバク音を立て始める。
たまに鳥のさえずりが聞こえるくらいの穏やかなこの場所では、自分の心臓の音が聞こえてしまうのでは、とルシエルは不安になった。
「天気が良くて、良かった」
アルフレッドがポツリと呟く。
「は、はい、本当に良かったです」
気が利いたことが言えない自分をルシエルは恥じた。
前回、アルフレッドを置きざりにして帰った事を詫びようかと思ったが、やめた。
もし、アルフレッドがあの時の事を話題にしたら謝ればいい、と。
今は、あの日の雰囲気を持ち込みたくないとルシエルは思った。
「そう言えば、僕とミシェルさんの事なんだけれど……」
アルフレッドが湖面を見つめながらそう言った。
「あ、はいっ」
ルシエルは無意識のうちに背筋を正した。
「どうやら、婚約破棄が成りそうだよ」
「そ、そうらしいですね。ミシェルから、聞きました」
「そう……。これで、君の荷を減らす事は出来たかな?」
アルフレッドが、ゆっくりとルシエルの方を向いた。
二人の目が合う。
ルシエルは、視線から逃れたい気持ちに駆られるが、ここで目線を外すのはあからさま過ぎて出来なかった。
最初に目線を外したのはアルフレッドだ。
再び湖面に目をやった。
「ふぅ」と小さく息を吐くアルフレッドの憂いある横顔に、ルシエルはドキドキした。
「あの、色々とすみませんでした」
一連の騒動の原因が自分にあると思ったルシエルは、アルフレッドに、頭を下げた。
「いや。これに関して、君が謝る必要はないんだ」
再びアルフレッドとルシエルの目が合った。
「僕の、意思だ。……全て」
そう言って見つめてくるアルフレッドの視線に、ルシエルは何か大事なものを盗られそうな気分になった。
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