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39.
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しん、と静まり返った部屋。
…………気まずい沈黙。
だれも、なにもしゃべらなくて。
だんだんと、自分がやってしまったことが、こわくなってくる。
それに同調するように、切った腕がじんじんと痛んだ。
視線が、床に、落ちて行く。
ーーーこの行動に、意味は、あったのかな。
もし、意味がなかったら。
……これは、先生を、傷つけた、だけ?
でも。
だけど。
あたまがぐるぐるしてきて、力がぬけていきそうになる。
手からこぼれ落ちそうになる包丁を、ぎゅっと握り直した。
……どんなに不安でも、ゆれちゃ、いけない。
ゆれたら、きっと、後悔する。
そう、自分に言い聞かせていると。
「もう、いい」
空間をふるわせたのは、先生の、こえ。
そして、それが聞こえるのとほぼ同時に、腕をひかれ、ふわりと抱きしめられた。
「ッ…………?!」
カラン、床に包丁が落ちる音が、響く。
……いつのまに、こんなに近くに来ていたんだろう。
先生は、落ちた包丁を遠くへやると、血が出ている腕の付け根を、ぎゅっとおさえた。
「……ごめんな、こんなことさせて。俺が、神田さんの言葉に怯んだりしたからだよな」
そう告げる声は、辛そうではあるけれど、どこか、凛としている。
……いつもの、先生だ。
そう思うと、なんだかとてつもなく安心して。
途端に、ぐらり、と視界がまわった。
「血、流しすぎだ馬鹿。無茶するな」
そのままぎゅっと頭を先生の肩に押し付けられて。
強くなる、先生の香りと、とてつもない安心感。
…………前にも、こんなことあったなぁ。
そう思うと、じわりと視界がにじむ。
「…………でも、そこまでしてくれて、ありがとな。
もう、大丈夫だ。あんな言葉に、動揺してごめん。俺が、自殺なんて、もう絶対にさせなければいいだけの話だよな。
神田さんが綺羅の何だって、関係ない。
…………帰ろう、綺羅」
そのことばに、何度も何度も頷く。
「そういうわけなので、失礼します。"うちの"綺羅が、お世話になりました」
「…………"うちの"、ねぇ…」
「はい。綺羅の自殺を止めてくださったことは、本当にあ感謝します。ですが、もうそのようなことは、二度と起こしませんし、おこりませんので。
なので、綺羅をあなたに預けることも、ありません」
淀みなくそう告げる先生の声には、迷いは見られない。
「…………はぁ。……その様子じゃ、どうしようもありませんね」
そう言いながら、近付いてくる気配に、無意識に肩が震えた。
まだ何かあるのかな。
きゅっ。
「………………?」
うでに感じた圧迫感にそちらを見ると。
「…………うで、握ってるだけじゃ心許ないでしょう。それ、差し上げるので止血に使ってください。縫うほどではないでしょうが、結構切れてるので」
先生が握っていたところのすぐ近くが、布で縛られていた。
「……ありがとうございます」
「別にこのくらい、構いませんよ。」
「……では、お言葉に甘えて。それでは失礼します」
そう言って僕を抱えたまま出口に向かう先生を、神田さんは特に止めるでもなく、眺めている。
…………あきらめてくれた、のかな?
一瞬、そう考える。
けれど、神田さんはぼくと目が合うと。
『またね』
口の動きだけでそういって、ゆったりと笑った。
「…………!」
びくりと震えたぼくに何かを感じたのか、先生はもう一度ぼくの頭を、肩に押し付ける。
「……俺が言えたことじゃねぇけど。
お前、今日は本当に無茶しすぎ。体も冷えすぎ。話したいことたくさんあるけど、今日はもうとりあえず寝ろ」
……明日起きてから、ゆっくり話し合うぞ
そういって、とん、とん、と同じリズムで背中をたたかれる。
約束された"明日"が嬉しくて。
へにゃり、と情けなく顔が緩んでしまうのを感じた。
……だれもみてないし、いいよね…?
それと同時に。
疲労と、安心感と、ひとの、体温。
そのどれもが、急に眠気をさそってきて。
「…………おやすみ」
先生のその言葉を最後に、意識はまどろみのなかにおちていった。
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