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たぶん、はじめは、すごく"ふつう"に近いかたちだった。
『きょう、かいた』
『…………そうか、たのしかった?』
『うん』
『…………よかったな』
みじかいことば、ぎこちない返答、交わらない視線、くもった表情。
"ふつう"をなぞるみたいな、まねするみたいな、さぐりさぐりの会話。
けれどそれでも、最初は、たしかにちかくにあったもの。
それは、"かぞく"のかたちに似ていた。
ぼくがしゃべると、オトコノヒトは、つらそうな顔をしている、きがした。
こどもだったから、はっきりとわかっていたわけではないけれど。
"しゃべらないほうがいい"だろうということは、なんとなくわかっていて。
だから、あまりしゃべらないようにしていた。
あくまで、"あまり"だったのだけれど。
オトコノヒトは、いつも、ぼくになにもいわなかった。
何か言えば、『そうか』と、受け止める。
ただそれだけで、なにかをしろとも、なにかをするなとも、あまり言わなかった。
けれど。
オトコノヒトはたったひとつ、
『前髪だけは切らないでくれ』
そういった。
だから、昔から、ぼくの前髪は、つねにのびっぱなしだった。
けれどべつに、それに不満はなかったし、特に困っていたわけでもなかった。
だけど。
それは、まわりにとっては"ふつう"じゃなかったから。
『綺羅くん、ちょっとこっちおいで』
『?どうして?』
『前髪、少し長すぎると思うの。それじゃあ、目が悪くなっちゃうよ』
そういったのは、明るくて、優しくて、すごく好かれていた先生。
その先生は、ぼくの前髪を、きってしまった。
『やだ!!!きらないで!!!!』
『大丈夫よ、先生がちゃんとおうちの人に言っておいてあげるから』
たぶん、それは、純粋な善意で。
ぼくは良くても、まわりがぼくを遠巻きにしているから。
きっと、"正そう"と思ったのだろうけど。
『………………』
ぼくは、あのときのオトコノヒトの目を、きっと、一生忘れない。
それは、恐怖なのか、怒りなのか、憎悪なのか。
複雑すぎて、ぼくにはわからなかったけれど。
はじめて、"ここにいちゃいけない"んだと、そう、感じた。
顔を見てほしくなくて、見られたくなくて、だけどそれを隠してくれるものはなくて。
物心ついてから、はじめて視界が広がったあの日。
視界が広がったぶんだけ、息が、くるしかった。
かみが、かべが、ごまかしてくれていた、現実を見てしまった気がして。
その日ぼくは、ずっと、俯いていた。
ひとことも、しゃべらなかった。
ーーーーまちがいなく、あれは、"はじめて、息苦しさを知った日"だった。
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