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『今日は職員会議で大分遅くなるから、先に帰っててくれ』
そう言われた言葉通りに、ほんのり茜色に染まる、空の下を歩いて行く。
…………今日で、高校一年生は、終わり。
充さんとはじめて話した時はあんなに冷たかった空気は、もうすっかり、暖かくなっている。
短いといえば短いけれど、それでも、季節がひとつ巡るくらいの間、一緒にいたんだと思うと、なんだか感慨深いものがあって。
季節ひとつの間に、もらったものは、かぞえきれない。
これから、いくつもの季節を一緒に重ねていけたら。
ぼくは、きっと、完全に変われる。
そんな、気がするから。
だから、変われたら。
その何倍もの季節をかけて、沢山のものを、充さんに返していきたい、なぁ。
そんなことを考えていると。
「わっ」
知らない声と、肩に軽い衝撃。
あわてて振り返れば、小さな女の人が、地面にうずくまっていた。
『ごめんなさい』
ぼんやりしていたから、ぶつかってしまったみたいで。
うずくまる女の人に手を差し出せば、その人は柔らかくわらった。
優しそうな雰囲気に、ほっとする。
「いえ、こちらこそごめんなさい。あなたこそ、怪我はなかった?」
コクリと頷けば、安心したように笑って、ぼくの手を取る。
そして、そのまま立ち上がろうとして。
「いたっ」
そういって、うずくまってしまった。
「!?」
あわててしゃがみこんで視線を合わせると、女の人は足を抑えている。
ぼくがぶつかったせいで、痛めてしまったのかもしれない。
『大丈夫ですか?病院、いきますか?』
カバンからメモ帳とペンを取り出して、そう書くと、女の人は困ったように笑う。
「この後、急ぎの用事があるの……。申し訳ないんだけど、貴方、携帯持っていたりする?」
その言葉に、ふるふると首を振った。
『ごめんなさい、携帯持っていなくて……』
そう書くと、女の人は困った顔のまま続けた。
「私も忘れてきてしまったのよね……。じゃあ、本当に申し訳ないんだけど、家まで肩を貸してくれないかしら?」
ひとりじゃ歩けそうになくて。
その言葉に、迷わずうなずく。
『もちろんです。ぼくの不注意のせいで、すみません』
そう書くと、女の人は安心したように笑った。
「私ももっとしっかり歩いていればよかったから、お互い様よ。じゃあ、申し訳ないけれど、お願いするわ」
そのまま、女の人に肩を貸して、歩き出す。
女の人は、道を示す以外にはあまりしゃべらなくて、どこか焦っているみたい。
……そんなに、急ぎの用事だったのかな。
きっと、そうなんだろうけれど。
でも、怪我人にしては、すこしだけ早い歩調で案内される道には、なんだか見覚えがあって。
ほんのすこし、嫌な予感がしたけれど、もうどうしようもない。
そして、進めば進むほど、嫌な予感は強くなっていった。
だって。
「次の角を、右でお願い」
これは。
「つぎの交差点を、左で」
"ぼくの家"までと、まったく同じ道で。
まさかそんなはずはないと、そう思いたかったけれど。
「この建物なの。部屋の前までお願いしてもいいかしら」
その、"まさか"で。
途端に逃げ出したくなるけれど、怪我をさせて、放置をするなんてできなくて。
一歩、一歩とすすんで、その女の人がとまったのは。
「ここよ」
ーーーーーーー"神田"の表札の前。
ぞわりとわきあがった恐怖に、腕を振り払って逃げようとしたけれど。
「だめ」
女の人が、抱きついてきて、離れない。
そして。
「うん、もういいよ、お疲れ様」
聞こえてきたのは、1番聞きたくない声。
それと同時に、ガツッと、頭に衝撃がはしった。
「……ッ、」
とたんに、ぐわんとくらんでいく視界にうつったのは。
「おやすみ」
うっそりと笑う、自分とそっくりな顔、だった。
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