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ひやりと、首に当てられた冷たさに、からだが震える。
遠くで、オトコノヒトが目を見開いたのが、わかった。
「めぐむ!!!」
その顔は、悲痛にゆがんでいて。
しばられているのに、それでもこっちに来ようとしているのがわかった。
「めぐむ、ねぇ………。随分な、心変わりだね?」
そして、それを見た神田さんの声色がこおるのも。
すると突然、ぐいっときていた服をまくられて。
まだ色濃く残るあざで、色が変わってしまっているからだが、空気にさらされた。
「知ってるよ。名前なんて、よんだこと、なかったでしょう?
その手で、何度だってこいつを痛めつけたでしょう?
…………あかりちゃんを殺した、こいつがにくいでしょう?」
ねぇ、忘れたの?
追い詰めるみたいに、どんどん投げかけられることばに、オトコノヒトの顔がゆがむ。
神田さんの顔は見えないけれど、それでもまだ笑っているんだろうなって、ぼんやりとそう思った。
「それはっ!めぐむが悪いわけじゃない!!!
俺が、弱かっただけだ、わかってた、わかってたけど、止められなかったんだ……。
…………そもそも、全部、お前のせいだろ!!!」
聞いているだけで、泣きたくなるような、声だった。
悲しさと、苦しさと、怒りを全部はきだすみたいな。
感情にそまった、こえ。
「うん、そうだね。ぼくのせいだ」
その言葉で、首に当てられていたナイフに、キュッと力がこもるのがわかって。
ぞくり。
恐怖でからだがすくんだ。
…………やだ。
死ぬのが、こわいんじゃなくて。
『めぐむ』
充さんに、もう会えないかもしれない、それだけが、こわい。
まだ、この声で伝えたいことが、たくさんあるのに。
まだ、たくさんのものを受け取るだけで、なにも返せていないのに。
死んでしまったら、もう、永遠に会えない。
「でも、彼女が苦しんだのは、この顔のせいでしょう?
もうでない、この声のせいでしょう?
そのからだで、ぼくを連想させた、こいつのせいでしょ?
知ってるよ。
…………だって、こいつはぼくがつくった、君たちを壊すための道具だからね」
そうなるために、つくったのだと、彼はそう言った。
「…………ッ!!なんで!!!
俺のことが嫌いなら、俺に向かってくればいいだろ、
…………なんで」
最後の一言は、消えてしまいそうにちいさくて。
その声は、ただただ、くるしそうだった。
「…………わかってない、綺羅は、全然わかってないよ」
そして、頭上に響いたその声も。
どうしようもなく、くるしいのだと、そう訴えかけていて。
どうにか逃げる方法はないかと、必死に隙をさがす。
その声に同調するみたいに、ナイフを持つ手が震えて、けれど、それでもぼくを拘束する腕はゆるまなくて。
焦る間にも、ふたりの会話は、すすんでいく。
「わかるわけないだろ!!!
だって、おまえは、俺にとって大切な、幼馴染で、親友で、なのにこんな」
「うるさい!!!!!」
その声は、アパート全体に、ひびいたんじゃないかと、そう思うくらいに、大きな叫びで。
びりびりと、3人しかいない、この真っ暗な空間を、ゆらした。
「うるさい…………」
静かな部屋に、ポツリとこぼされたのは。
きいている、ぼくの胸がいたくなるくらい、悲痛なささやき。
「ちがう、ちがうんだ。
ぼくがほしいのは、親友とか、幼馴染とか、そんな生ぬるいものじゃないんだよ」
ヒュッと短く息をのむ音が聞こえて。
そっちを見れば、オトコノヒトは、呆然とした顔で、神田さんを見つめている。
ぽたり。
ふと肩に落ちてきたあたたかいしずく。
「…………?」
カラン。
床にナイフが転がる、無機質なおとが、ひびいた。
「好きなんだ、愛してるんだ。
どうしたって、綺羅の………………ユウの、特別が、欲しくてたまらないんだ」
そのことばに、震える声に。
その雫は彼の涙だったのだと、そう、気付いた。
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