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充さんのぬくもりに、抱きしめられて、ようやく落ち着いたころ。
ハッと顔を上げれば、気を失っている神田さんと、安心したような顔をした、オトコノヒトが、変わらずそこにいた。
「…………めぐむ」
まだ聞きなれない、その声で呼ばれる自分の名前に、そちらをむけば。
「本当に、ごめん」
床に頭をつけて、謝るおとこのひとがいて。
「!?!」
「許してほしい、わけじゃない。
謝って済むよなことでも、ない。わかってるけど、お前には、本当に悪いことをしたと思ってる。
長い間、ずっと、お前のこと、傷つけた。ごめん」
どうしていいのか、わからなくて、おどおどしていると。
「……そういうのは、土下座よりも、顔を見ていったほうがいいんじゃないですか?」
すぐそばで、充さんはそう言った。
そのことばに、ゆっくりと顔をあげた、オトコノヒトと目があった。
「…………歌」
「…………?」
「歌声、お前のお母さんと、そっくりだ。
…………ひとに、力を与えられるような」
きれいな、歌声だった。
オトコノヒトの口から、そんな言葉がでてくるとは、思わなくて。
なんて表現していいのか、わからないような、複雑な感情が、湧き上がってくる。
「聞けて、よかったよ。ありがとう」
その言葉と一緒に向けられたのは、初めて見る、穏やかな笑顔だった。
「…………っ!……」
「その目も、本当は、よく似合ってる。
ずっと、ひどいことしか言えなくて、ごめんな」
その言葉で、もう充分だと、そう思った。
ずっと、ぼくにからみついていた、目えない鎖から、解放されたような、そんな感覚。
受けた行為は、言葉は、きっと消えない。
それでも、もう充分だとおもった。
「…………あなたが、綺羅の、"お父さん"なんですよね?」
胸がいっぱいで、何も言えないぼくの頭を撫でながら、充さんは、オトコノヒトにそう尋ねた。
ピクリ、体が震える。
…………なんて、言われるのかな。
こわくて、でも、気になって。
ちらりとオトコノヒトを伺えば、彼は迷うように瞳を泳がせて。
「…………そう呼ばれる、資格はないけど。
そう、です」
たしかに、そういった。
「…………あなたは、これから、どうするつもりですか?」
「…………」
言葉を詰まらせるオトコノヒトに、充さんは、信じられないことを言った。
「私は、めぐむくんの学校の教師をしております、冴木と申します。
あなたにひとつ、お願いがあります
…………めぐむくんを、私の養子にさせていただけませんか」
「…………ようし」
「はい。あなたが、本当に反省していることは、わかります。けれど、それで、今まであなたがめぐむくんにしたことが、無くなるわけじゃない」
傷ついた記憶も、傷ついた事実も、消えるわけじゃない。
まっすぐにオトコノヒトに語りかける、先生を唖然とみつめる。
……なにが、おこっているの?
「だから、貴方には申し訳ないのですが、私は貴方を、完全に信用することは、できません。
そして、私には、めぐむくんを、一生をかけて幸せにする、覚悟があります。
彼のためなら、勤め先を変えたって構わないし、教師という職を辞めても構わないとおもっています。
だから、めぐむくんを、どうか私に預けていただけませんか」
そう言い終わると、充さんは、ちらりとぼくを伺ってくる。
まるでその瞳は、"嫌じゃないか"と、確認するみたいで。
ぼくは、ゆっくりとひとつ、頷いた。
「…………そうですね、情けないことに、私には、めぐむを幸せにする自信はありません。
……冴木さん、私がこんなことを言うのもおかしいでしょうが、どうかめぐむをよろしくお願いします」
ちょうどその時、すぐ近くで、サイレンが鳴り響いて。
びくり、体を震わせれば、なだめるように、頭を撫でられる。
「ここにくるときに、警察に連絡しておいたんだ」
そのことばに、ハッと状況を思い出して、神田さんの方を見る。
彼は、充さんの手の中におさまるぼくを、ぼくを抱きしめる充さんを、じいっと、ただ、見ていた。
ぞくり。
背筋がふるえるような、嫌な予感に。
そっと、手を伸ばそうと、して。
「…………!」
けれど、それは、遅かった。
その動きは、まるでスローモーションみたいに、鮮明に視界に焼き付いている。
彼が、充さんに突き飛ばされた先は、ぼくがナイフを追いやった場所で。
いつのまにか、彼の手には、そのナイフがあって。
一瞬、目があった彼は、ゆるりとわらって。
なんのためらいもなく、それを彼の腹部に、突き刺した。
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