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フロント前もロビーも人でごった返しており、明らかに混乱した雰囲気だった。
不安げなお客様の様子、忙しなく対応する従業員。荷物をまとめて部屋から避難して来たお客様も多く、ロビーは雑然としていた。
しっかりしなきゃ、自分が指揮を取るように皆川さんに頼まれたのだから。そう思うものの足がすくんで立ち尽くしたまま動けなかった。
その時、人混みの中に南條くんの姿が見えた。南條くんは足の悪い高齢の女性に付き添って避難するのを手伝っているところだった。
「ご家族は皆さまお揃いですよね?良かった・・。」
「南條くんっ!!」
ナポレオンジャケットの袖で汗を拭う仕草はいつもなら注意するだろうが今はそんなことを気にしていられなかった。
「長谷川ちゃん!!降りてこないからマジで心配してたんだぜっ!!これ、一体どうなってんだよ?!」
「スイートから火災だって・・、上階の状況は全然分からない・・消防は?!牧谷さんは!?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるも南條くんはすぐに返事をくれる。
「もうすぐ消防が来るはずだ。牧谷さんはシステム管理室に行った。カードキーでしか空かない通路や従業員専用の階段を全て空けるためだって、その間俺がここを頼まれたけどマジでやばいって、俺どうしたら良いか、、」
「どうしよう、南條くん・・。皆川さんが・・。皆川さんが沓子さんを迎えに行ったんだ、、」
乾ききった唇が震えて掠れた声しか出ない。
不安で心配で自分がやらなきゃいけないことは分かっているはずなのに頭の中には皆川さんのことしか考えられなかった。
「帰ってこなかったらどうしよう、死んじゃったらどうしよう・・俺もうっ・・」
「しっかりしろよ!!!長谷川ちゃんらしくねぇって。頼むよ、マジで頼む。情けないけど俺じゃここをまとめきれない・・マネージャーも不在だし長谷川ちゃんしか居ないんだって・・。」
じとっと縋るような視線で見つめられ、顔が紅潮していくのを感じた。それは己のことしか考えられない自分を恥じたからだった。
「ご、ごめん俺・・でも俺」
「もう煩い!黙ってやれ!!」
怒号と共に南條くんの手が頭上に降って来て思わず身体に力を入れた。けれど言葉とは対照的に優しい手のひらが隆之の頭を撫でた。
「大丈夫だって、長谷川ちゃんなら。俺のこと失望させないって信じてる。分かった?なら動けって。」
喉がヒュッと鳴った。隆之を見つめる南條くんの瞳はこんな時なのに優しさと慈悲に溢れていて、何だかまた泣きたくなった。けどようやく奮起した隆之は南條くんの肩をぽんっと叩いて、動きだす。
「宿泊客全員を速やかに避難させる。ロビーが安全か分からないだろう、すぐに外へ。子連れのお客様を優先して!早く!」
フロントの美里ちゃんやクロークの女性従業員も不安そうで、隆之は自分がしっかりしなくてはと強い気持ちでその場をまとめていった。
そのうちに煙の匂いを微かに感じ、最上階の様子が気になったが意識を保つのにぐっと下唇を噛んで耐えた。
気づけば幾台もの消防車が駐車場へ停まり、消防隊の人がどんどんと階段へ向かって走っていくのが見える。
「お願いします・・、皆川さんと沓子さんを助けて・・。」
宿泊客の安全を確認してからは隆之はもう立つことすらできず汚れも気にせずに地べたに座り込んでしまう。
「あぁ・・神様。もし神様がいるなら俺なんてどうなっても良いから皆川さんを返してください・・。」
両の手を擦り合わせ目を固く瞑る。
その時、ガヤガヤと騒がしい声が沢山に聞こえ、待ち侘びた愛しい人の姿が見えた。
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