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Chantilly flower* 07
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Ma Priéreは個人経営店だ。
そこで重要になってくるのはやっぱりチェーン店がなかなかできない顧客に密着した上手なサービスだ。
可能な限りお客さまの要望に寄り添って応えていくサービス。相手の一歩先を気遣う思いやりのお店。
実は綾人さんにはMa Priéreでバイトするにあたってその辺りも詳しく教わっている。
だから志摩のためにモンブランを取り置きしておくのはそれが志摩でなかったとしても常連さん相手なら綾人さんはきっとやっていた事なんだろうなって思った。
志摩もきっとそれはわかってる。
でもわかってたとしても、志摩はいつもただその行為が嬉しかったんだろうな。
それから綾人さんが、大会の日の夜にモンブランを出してくれると言ってくれた事自体が、ただ、嬉しかったんだろうなぁ…。
宣言通り、その日から志摩はお店に姿を見せなくなった。
その代わり日増しに少しずつ疲れていく姿を教室で見せていた。
すごく厳しい稽古つけられてることが直ぐに想像出来る。
そうでなくても志摩の事だから自分で稽古量増やしてそうだもん。
様子を見るべくMa Priéreのバイトがお休みの日、学校帰りに剣道部が活動をしている武道場へ寄ってみた。
入り口付近で観察してると道着や武具の独特の匂いと、やあー!とかはあー!とかいう掛け声や素足で床を踏む音が入り混じって聞こえてくる。
改めてパティシエに縁のない世界だなぁ。
暫く全体を眺めてると、横を通り過ぎた部員たちの声が耳に入った。
「やっべー。最近の志摩先輩迫力すごすぎて歯が立たねえよ」
「流石大会前で気合い入ってんなぁ」
声が集中する方向を見ると二人の部員が竹刀を構えて相対していた。
防具を被っているため顔がわからないけどお互い腰につけた方の防具に名前がついていた。
片方に"志摩"って書かれている。なるほどーわかりやすい。
「はあぁああッッ!!!」
志摩は気迫と気合いの入った掛け声とともに相手を一気に攻め抜いて一本を取る。
ッパーン!!
空気ごとその空間を切り裂くような竹刀の音が響き渡る。
何人か相手にしていたけれど、どの相手も志摩の気迫に負けて一本を取られていた。
「10分休憩!」
掛け声がかかって志摩が防具を取るとすぐに私に気づいたみたいだった。
片手を上げると頭に巻いていた手拭いで汗を拭きながらこっちにやってきた。
「橘、どうした」
私はというとあまりみた事ない気迫満載の志摩にぼんやりその表情を眺めてしまった。
「志摩、」
「なんだ」
「防具臭い…あいたッ!」
言った瞬間にチョップされた。
「何すんのよ」
「用は無いのか」
「あるわよ!はい」
言いながら私は持っていた小さい紙袋を差し出した。
志摩は訝しげな顔をする。
「うわ失礼な顔ー。教室で渡したら絶対誤解生むと思って」
志摩が紙袋の中を確認するとハッとした表情を見せて私をみた。
中に入れていたのは、Ma Priéreのラベルが貼ってあるギフト用のクッキーだ。
つまり、
「綾人さんお手製クッキーよ」
「お前…。明日は雪か?」
「失礼だってば!」
今度はお返しにガンッと足を蹴ってやった。
志摩は怯むでもなく表情を歪めることもなかった。
「冗談だ。ありがとうな」
多分避けようと思えば避けれただろうにあえてくらいやがったなこの野郎。
そのくせMa Priéreのクッキーをとても大切そうに持ち直す。
いっそ感心する意味で思わずため息がこぼれてしまった。
「試合、がんばんなさいよ」
「当たり前だ」
微かに口角を上げて無表情を崩す。それから
「都築さんは、…」
と志摩は口を開いて少し何かを考え始めた。
"どうしてる?"って聞きたいんだろうな。
でも、「いや、なんでもない」なんて続ける。
本当は気になって仕方ないくせに。
全く、どこまで武士なんだか。しょーがないなぁもー。
「綾人さんね、最近新商品考えてる。どっかのホテルからメニュー提供してくれって依頼されたんだって」
「…へえ」
「売り上げ悪いわけじゃないし普通でも忙しいから本当は断るのかなって思ってたんだけど、……引き受けた時に綾人さんね、"俺も頑張らなきゃいけないからね"って笑ってたんだ」
志摩は、クッキーが入った紙袋をじっとみてた。
「俺"も"って、誰との事だろうね?」
「…………さあな」
読めない表情。
でも、きっと綾人さんのことすんごい考えてるんだろうな。
「さて!渡す物渡したし、帰るね」
「そういえば橘、今日バイトは?」
「今日はお休み。今から隣街のケーキ屋研究めぐり!」
「…橘も、頑張ってるんだな」
「あったりまえよ!私もちょー有名なパティシエになって、師匠は都築綾人さんですって更に名を広めなきゃなんないんだから!日々精進!」
胸を張ってやると志摩は凄く驚いた顔をしてからすぐに納得したように頷いた。
「ああ。そうだな。頑張れよ」
「うん!志摩も!じゃあ、またね!」
相変わらずの無表情に戻った志摩に手を振ってその場を後にした。
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