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Act 1,その音は ①
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ここは京都、古き都である。
真冬の寒い中、今日も学生たちがこの塾に通う。個別授業の塾である。
時期的に受験生はすっかり受験モード。中学受験、高校受験に大学受験。少しピリピリとした緊張感もありながら、暖房の効いた室内には笑いが溢れていた。
「なぁなぁ、高遠せんせー、ここわからへんから教えて下さい」
「ん、どこや」
『高遠せんせー』と呼ばれた男は生徒から指定されたプリントをとると、それをじっと見つめてから生徒ににこりと微笑んだ。
「あー、これなー。『三平方の定理』使って――」
男――高遠光希は塾の講師だ。この塾では他の講師よりも長く働かせてもらっている。
新しく入塾する子の体験授業にはだいたい就かせてもらっているので、そこそこには信頼されていると思う。
「わかった! せんせー、ありがとー」
そう言うと、生徒はさっさと自習席に戻っていった。
今はちょうど休憩時間なので、こうして自習する生徒にわからないところを教えたり、コミュニケーションをとったりすることも多い。
多分、そこそこには好かれていると思う。
すると授業の時間になったので、高遠は生徒を連れて席についた。
すべての授業が終わり、生徒たちは全員帰宅していた。
今日は戸締まりを任されていたので、高遠は最後まで残っていた。そして、彼も残っていた。
「高遠先生、すいません、待ってましたよね」
彼は檜山麻代。高遠よりも五つ年下の男性教師である。
髪は茶髪で綺麗に染めてある。女生徒に人気なくらいには男前であった。
「あー、いや大丈夫です。ゆっくり準備して下さい」
檜山とは割りと親しくしている。あちらも長く塾に勤めているので、高遠とは長い付き合いなのである。
「……あの、高遠先生。話、あるんですけど」
檜山が静かに切り出したので、高遠は戸惑いつつもにこりと笑って頷いた。
「良いですよ、なんですか?」
「……あの、オレ、あの――」
その瞬間、檜山の顔を見た高遠は嫌な予感を感じる他なかった。
檜山の顔は思い詰めたような、また吹っ切れたような真っ赤な顔だった。
駄目だ、聞くな。耳を塞げ。
脳が必死に警鐘を鳴らす。心臓が脳を回せと必死に血液を送る。
熱い、熱い。嗚呼、駄目だ。
終わってしまう、終わってしまう。今まで積み上げた関係が全て。
やめろ、やめてくれ。
やめて――
「好きです……」
積み上げた全てががしゃりと音を立てて、無惨に崩れ去った。
それは『信頼』であり、『安泰』で。
――いつもの平穏な日常が、終わる音であった。
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