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過去の男
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組合が経営する学園に入学した彼の主。それに付き添った彼の生活は、初めのうちは順調だった。
同じ使用人仲間や、学園の使用人達と良好な関係を築き、主も好敵手と高めあい力をつけていった。転機が訪れたのは、二学期。
それまで人間と妖怪と分けられていた授業が、人間と合同となった時だった。
主に付いて参加した二学期説明会。そのプログラムの一つである、筆頭教師の演説。筆頭教師として目の前の壇上で演説する人物を見て、彼は世界が止まった気がした。
顔を横切る大きな傷跡、記憶よりも良くなった背丈や体格。髪形も以前は長めだったのを、今は角刈りに近い短髪にしている。九年前はまだ少年らしさを残していた容貌だったが、今は鍛えられた体や精悍な顔には子供らしさか欠片も見受けられない。見た目は大分変わってしまったが、その瞳に宿る輝きや端正な顔立ちは何も変わっていなかった。
筆頭教師として演説をしていたのは、転校生だった。
転校生は組合の順位一位、すなわち組合最強の退魔師として今期から教師になるようだった。不遜な態度は変わっておらず、退屈そうに壇上に上がった転校生は、無礼一歩手前な口調で短く演説を終えると壇上から降りようとした。
その時、転校生と彼の目があった。転校生の動きが止まり、一瞬だけ瞳が驚いたように見開かれた。だが、直ぐに転校生は動きを再開し、講堂から立ち去った。転校生と再会した彼の動揺は計り知れなかった。
「公彦!最強の退魔師も、たたた大したことないなな!」
「小鹿みたいな脚して何言ってんだか。軽く睨まれたからってビビんなよ」
「ボクチンはビ、ビビってなんかいないぞ!武者震いという奴だ!なあ公彦!」
「・・・・・・」
「公彦?」
「公彦さん?」
気が付くと、主と主の友人(主が勝手に好敵手と認めた、吸血鬼の御曹司)が不思議そうに彼を見つめていた。主を第一にしている彼が、主を無視するなど普通ならばあり得ない事だからだ。
彼の顔を見た主が、不思議そうに首を傾げた。
「あれぇ?どうしたんだい公彦?顔が真っ白ではないか」
クネクネと大袈裟な身振りで、主が彼の顔を覗きこむ。吸血鬼である公彦は当然のごとく、血の気が感じられない陶器のような肌をしているが、同族には彼の顔色の変化は分かる。
その言葉に我に返る。主に心配をかけるとは使用人失格である。心配そうに見つめてくる主に、彼は頭を下げる。
「申し訳ありません宗之助様。少々立ち眩みをもよおしてしまいました」
「なんだってぇぇ!」
「うるせーな。大丈夫なんすか?」
大袈裟に驚く主をひっぱたきながら、主の友人が尋ねてくる。使用人を使う身分である友人は、彼のような使用人が体調不良を表面に出すのが、どれだけの事が良く知っている。
「お気遣い有り難うございます。気か緩んでおりましただけなので、お気遣いなく」
そう言った彼は、誤魔化すように笑顔を浮かべた。
そうして始まった二学期。
二学期からは実戦的な戦闘訓練が始まり、人間と混合でクラスが作られ、グループ毎に担当の教師が決まる。
今日はその日である。
彼は校舎の外で待機していた。使用人は校舎の中まで付き添う事が可能だが、授業内容によっては退出を促される。今は人間とのペア等を決める大切な日なので、各自の家の思惑に左右されないように使用人は退出させられたのだ。
晴れ渡った空を見上げながら、彼は物思いに沈んでいた。高位の吸血鬼である彼は、日光を浴びても火傷は負わない。暖かい太陽の光を冷たい皮膚に感じながら、衝撃の二学期説明会後から慌てて調べた内容を思い起こしていた。
転校生は、あの事件の後、すぐさま退魔師組合に友人と一緒に入り退魔師の訓練を開始した。組合の学園に入るのには年齢制限がないが、命にかかわる危険な授業が多い為、学園に入学する人間の殆どが成人である。そんな中、幼いながらも転校生は頭角を現し、入学した年に連続殺人を犯した妖怪を倒し、精霊誘拐を繰り返していた犯罪術師を捕縛した等、数々の事件を解決。
その功績が認められ、十代という最年少での退魔師の資格を得た。
それからは白鬼の神域崩壊事件を解決したり、時には日本の存在自体を揺るがすような、様々な重大事件を解決。吸血鬼犯罪者を特に嫌っていることから、【吸血鬼殺し】の異名を持つ。
その内容に、彼は唇を噛んだ。
転校生が、「何故力を持ちながら何もしなかった」と彼を罵る光景が鮮明に思い浮かぶ。転校生は、力がなかった自分自身を恥じていた。だから、組合に入ったのだろう。退魔師は隠された地域に関わる為、一般人がなろうとした場合は親類縁者と縁を切らねばならない。
それ程なのだ。退魔師の吸血鬼に対する怨みは……。それ程の怨みを抱かせ、彼の人生を変えてしまったのだ。
あの日の「人殺し、人殺し、人殺し」と叫ぶ転校生の声が甦る。
彼は頭を抱えながら踞った。きっと退魔師は自分を怨んでいる。吸血鬼という種族自体すらも怨んでいるだろう。その原因が自分である事に罪悪感が体を満たす。
ああ、どうすれば良いのだろうか?
悩んでも悩んでも答えは出てこない。そんな彼に、校舎から出てきた主が言った。
「公彦ぉ!最悪だよぉ。ボクチン達の担当教師が、あの最強野郎になったんだよぅ!」
その時、彼が浮かべていた表情は、一体どんな物だったのだろうか?
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