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俺とアイツ2
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「これは山菜の天麩羅です。塩を付けて食べて下さい」
「まあまあだな」
「この焼き魚は、おいてけ堀産の妖魚を味噌で焼いた物です。高菜お握りと一緒に食べたら美味しいです」
「甘い」
「このカツレツは、い、一番の自信作です……」
「……美味い」
俺の目の前には、嬉々として料理を説明している伊達がいた。脇に置かれた湯呑みには程よい熱さのお茶が入れられ、飲み干すと伊達が良いタイミングでお茶を追加される。
ちなみに俺は、小皿と箸を片手にソファーに座っている。口の中には、伊達が持って来た食い物が詰め込まれている。少し休憩したいのだが、公彦が感動するようなハシャグような顔で見てくるから、黙々と箸を動かす。
すると伊達は、嬉しそうに瞳を柔らかくする。先程まで怯えていたのが嘘のような表情だ。
……何故こうなった。
伊達が重箱の中身を説明してきたのが始まりだった。部屋に入ると、風呂敷を解かずに早口で説明してくるものだから風呂敷を広げさせた。名家の使用人だけあって、使用した食材の産地等の説明が上手い。それを聞くと好奇心が出てきて、無意識に伊達の目の前で南瓜の煮物を一口食べた。
すると、伊達は驚くと同時に顔色を明るくさせて、無言で嬉しそうに見つめてきた。その表情は言葉にしてなくとも、俺が食べると思っていなかったと語っていた。食べてもらえるか分からないのに、なんでこんなに手が混んだ物を作るんだと思うと苛々した。
それに、俺はそこまで意地糞悪くない。苛立ちにまかせて、更に食い物にかぶり付き口を動かしていると、公彦が慌てて影から湯呑みと魔法瓶出した。相変わらず吸血鬼は便利だな。
伊達が差し出した湯呑みには、程よい熱さの茶が入っていた。変に高級な玉露ではなく、平凡な麦茶だ。だが、それが料理によく合っていた。コイツの料理は美味いが、何処か家庭料理のような親しみを感じる。だから、麦茶が合うのだろう。黙々と食べていたら、伊達が俺を見つめてきた。
「どうした?」
「いえ、何でもないです」
「分かりきった嘘は言わない方が良いぞ」
「う……申し訳ございません」
嬉しそうにしていた伊達が、また表情を暗くする。メンタル弱すぎると思ったが、名家の使用人というからには、多少の嫌味を受け流す術を身に付けているものだろう。ならば、こんなに怯えるのは俺限定か。そんなに怖がられるような事を、ガキの頃にしただろうかと記憶を探ってみる……頭が痛くなってきた。
怯える伊達は、恐る恐る語る。吸血鬼は基本的な栄養摂取は血液のみだが、高位の吸血鬼は食すことができる。だが、それで栄養補給しているわけではなく、本当にただ食べるだけ。生命維持に関係ない行為は娯楽の一つと考えられている為、食事する事自体そうない。あっても数口程を味わう程度らしい。
伊達は娯楽としての食事を作ったことはあるが、人間用に楽しむ為ではなく生きる為の食事を作るのは初めて。自分が作った物を沢山食べてもらい、相手の食欲を満たしている姿が嬉しかったらしい。
純粋な吸血鬼は物珍しがるだけなので、この感覚は人間として育てられたコイツだけだろう。
一瞬だけ言い淀んだ伊達は、膝をついてソファーの上の俺と目線を合わせる。此方を窺うように見つめて口を開いた。
「あの……、美味しいですか?」
「まあまあだ」
「そ、そうですか」
ぶっきらぼうに告げたが、何故か伊達は嬉しそうだ。何故だと聞いたら、「感想を言って頂けたので」と語る。語りながら俯き、袖口を弄っている伊達。ギリギリ笑ってはいないが、その口元は僅かに緩んでいる。血の気がない筈の頬が、ほのかにピンク色に色づいたように感じた。
俺は感想を聞かれたうえで、無視するような奴だと思われていたのか?まあ、確かに昔は伊達の事を無視してたが。そういえば、伊達が泣こうが喚こうが大体スルーしていたな……。
「……」
なんとなく気まずくなり、俺は飯をかっ込んだ。奴は俺が気に入ったと勘違いしたのか、更に勧めてきた。それに適当に感想を言ってやると、公彦は更に嬉しそうにした。
そして、今に至る。
結局、俺は重箱の中身を全て食べてしまった。さすがに腹が一杯だ。苦しくなった腹が気持ち悪く、ソファーにもたれ掛かっていると、伊達の視線が気になった。さっきまで俺を見ていた瞳が、別方向を見ている。
なんとなく気になって、視線の先を見てみると、伊達は俺が食べていたハンバーガーの残りを見ていた。かってに兄弟子が食べていたみたようで、ハンバーガーが一つしか残っていない。
「これがどうした?」
「えっ」
俺が座卓の上からハンバーガーを取ると、奴が変な声を出して俺を物欲しそうな目で見てきた。伊達は直ぐに正気に戻ると、顔を左右に振って何もないと言う。
「直ぐに分かる嘘は言わない方が良いと、さっきも言ったろ?」
「はい!」
少しイラつきながら注意すると、背筋を伸ばして返事をする伊達。いい加減学習しろ。どうせ俺には隠し事出来ないんだから、一々誤魔化すなよ。
「それは有名なチェーン店のハンバーガーですか?」
「ああ」
「素晴らしい!」
なんだ、この喜びようは?俺の目の前で伊達は身を乗り出し、まるで遊園地に行ったガキみたいな目でハンバーガーを見ていた。奴は手を亡者のようにフラフラとさ迷わせると、こちらの顔色を窺いながら尋ねてきた。
「川蝉様は満腹でしょうか?」
「まあ、大体」
「なら、それを頂けませんでしょうか?」
「はあ?」
思わず出した声に、伊達は項垂れて「申し訳ございません。みっともない事を言いました」と勝手に落ち込んで帰ろうとする。待て待て、俺の言葉遣いが悪い自覚はあるが、そんなに落ち込むな。呼び止めて何故欲しいのか理由を問い質すと、伊達は恥ずかしそうに口を開いた。
「ソレを食べるのが、昔からの夢だったんです。昔の私は、血かレバーしか食べられませんでしたから、村の皆が食べていたハンバーガーやポテトチップが羨ましくて……。いつか、一度でも良いから食べたいと思っていました」
「しかし、何故今まで食べなかったんだ?今のお前なら食べる事はできるだろう」
「確かに、今は血以外も食べられます。しかし、人間の食事は嗜好品で使用人には贅沢です。何か口に出来る時は、料理の味見の時くらいです。そもそも、里にはチェーン店なんて物はありませんから」
そう言った伊達は、また俺の手の中のハンバーガーを見る。いい歳した大人が、憧れを含んだ瞳でハンバーガーを見る光景は酷く滑稽だ。たった百円、原価にすれば更に安い物を、あんな高級料理を作る奴が欲しがっている。
なんだかソレが愉快で優越感を満たす。
「ほら」
まあ、腹は減ってないし、あんな良い物を食べさせてもらったんだ。たかがハンバーガーで対価を払えるなら安い物だろう。伊達に手渡すと、薄っぺらい丸いソレを宝物のように両手で持ち、感激したように俺を見てきた。
「さっさと食べな」
「あ、ありがとうございます!」
俺が促すと、伊達は立ったまま包み紙を外そうとした。まさか、コイツこのまま食う気か?
「何してるんだ」
「え?」
今まさに口を開こうとしていた伊達は、俺の言葉に動きを停止した。そして、何かを理解して落ち込んだ伊達は、ソッとハンバーガーを座卓の上に置いて項垂れた。視線は、未練がましくハンバーガーに固定されている。
違う、ハンバーガーを食べるなっていう意味で言った訳じゃない。つーか、たかがジャンクフードでそこまで落ち込むなよ、ああ、世話がやけるなコイツ。
「立ったまま食べるなって意味だ。ほら、座れ」
「!?」
ソファーの俺の隣を指差して促すと、失礼な反応が返ってきた。んだこら?その反応。コイツは俺を鬼か悪魔かと思ってんのか?めちゃくちゃ腹立つな。
俺はソファーを叩きながら、再度命令する。
「す わ れ」
「はいぃ!」
俺の横に座った伊達は、まるで叱られた生徒のように、背筋を伸ばした直立不動。その姿勢のまま、両手で持ったハンバーガーにかぶり付いた。俺の横に座った伊達からは、ヒンヤリとした冷気と一緒に石鹸の香りがした。
「美味しい」
冷めたジャンクフード程、不味いものはないと思う。なのに、伊達は小さな口をいっぱいに開いて、安いバンズと肉を頬張り、心から幸せそうな表情を浮かべた。チマチマと夢中で食べる様子は、小さな口も合間ってまるで栗鼠か鼠のようだった。ふと、栗鼠の耳や尻尾が着いた伊達を思い浮かべてしまい、頭を振る。
どうした俺。頭でもふやけたか?そう思いながらも、俺は伊達にとある提案をしていた。それが二つ返事で受け入れられ、俺は伊達に隠れて笑みを浮かべた。
それから伊達は、週に二・三度程の頻度で俺の部屋に来るようになり、伊達は俺が買ってきたジャンクフードを食べ、俺は伊達の美味い飯を食べるようになった。
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