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薬煙草
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その日の吉正は、久しぶりに退魔師の仕事をした。
仕事自体は大量発生した蛇魔の間引きであったが、依頼主が高名な神であった為、高位の吉正が呼ばれたのだった。単調な作業を長時間続けなければならない仕事で、普通ならば下っぱがやるような仕事だが仕方がない。退魔師の制服を脱ぎ、シャツの袖とズボンの裾を捲った吉正は、舌打ちしながら蛇魔を捕まえて腰篭の中に入れていく。
蛇魔とは川の精の澱みが凝り、実体を持つようになったゴミのような物だ。それは半透明の触手で、ぬめりを帯びてぶっちゃけキモい。正直、高位神の加護が報酬じゃなかったら、こんなふざけた仕事を受けてきた上層部をぶっ潰している。
全ての作業を逐えた時には、夕方になっていた。
「疲れましたね」
「俺、めっちゃヌルヌルされたんだけど」
「メスだったんじゃないですか?先輩、あーゆーメスにはモテモテですから」
神有地である社で帰り支度をする吉正の後ろでは、兄弟子と寛がグッタリと石階段に座り込んでいた。今回の仕事は、師匠の関係で二人も呼ばれたのだ。
「よっしゃ、気分転換で酒場に行こう」
「俺、パスで」
「ちょっと待てぇぇい!」
「ちょっと、突然なんすか。怖いから止めてください」
さっさと帰ろうとする吉正の足に、スライディングしながらしがみつく兄弟子。それを躊躇なく足蹴にする吉正。その力加減には一切の慈悲はない。
「お前ぇぇ、兄弟子の誘いを断るとは何事だぁぁ!今日こそは逃がさない。驕ってやるから、兄弟弟子水入らずで、朝まで飲みあかそうぜぇぇぇ」
「くっ!しつこいっ!」
兄弟子の鬼気迫る様子に僅かな寒気を覚えた吉正が、兄弟子の頭に肘鉄をくらわして引き離そうとするが、兄弟子はめげない挫けない。不気味な声をあげながら吉正の体をよじ登り、無意味に髭を吉正の頬にジョリジョリと擦り付けている。
「お前、どうせ綺麗な姉ちゃんの所に行くんだろぉぉ!そんな羨ましい事をさせてたまるか!妬ましやぁぁ!羨ましやぁぁ!」
「ぐぅぅぅ」
何だかんだ言いつつ、兄弟子は彼等と同じ師のもとで修行した身だ。今は吉正に戦いの腕は抜かされたが、単純な腕力や肉弾戦の腕前は未だに兄弟子の方が上である。ガッチリと抱き抱えられ、髭をジョリジョリと擦り付けられて無念そうな呻き声をあげる吉正。
石階段に座りながら馬鹿騒ぎを見つめていた寛は、溜め息を吐きながら立ち上がり、吉正に絡んでいる兄弟子の肩を叩いた。
「兄さん、兄さん。吉ちゃんが会いに行くのは、綺麗な姉ちゃんがいる場所じゃないですよ。僕達の知り合いが御馳走してくれるだけですよ」
「なんだ、そうならそうと早く言えよ。じゃあな、帰り道には気をつけろよ」
「兄弟弟子で飲み明かすんじゃないんすか……」
「うっせぇ!お前がいると、綺麗な姉ちゃんが全部盗られるんだよ!さっさと帰れ帰れ!」
ぶっ細工な顔をして吉正を威嚇する兄弟子は、後ろ足で地面を蹴って吉正に砂をかける。額に青筋を浮かべた吉正が、兄弟子の顔にアイアンクロウを掛けたり、兄弟子が絶叫したりなんやかんやあった日の夜。
吉正は豪快に足を開いてソファーに座っていた。その吉正の右隣に公彦が座る。以前と比べると、吉正の横に座っている事に緊張していない様子だった。
そんな公彦は、一心不乱に何かを咀嚼していた。カリカリと頬張っているのは、みんな大好き【美味い棒】。公彦の小さな口では美味い棒は太過ぎるらしく、まるで栗鼠のようにチマチマと食べていた。その速度は遅く、二段の重箱を食べる吉正と三本のうまい棒を食べる公彦は、ちょうど同時に食べ終わった。
蒼頭家の使用人として、本当ならば吉正に給仕しなけれざならないのだが、一緒に食べなかったら吉正の機嫌が悪くなる為、こうして一緒に食べている。食べおわった後、一緒に食器を洗うのが何となくなく一連の流れになっていた。
「……」
美味い棒を食べおわった公彦は、満足げ息を吐くと、ゴミとなった包装紙を折り始める。ガムや飴等の包装紙を折るのは、人間だった頃からの公彦の癖だ。ガムや飴のような腹にたまらない駄菓子ならば、当時の公彦でも食べる事が出来た。
これまたチマチマと包装紙を折って、器用に動物を作り出す公彦。この時、猫背になって膝に額をくっつけるようにして包装紙を折るのも公彦の癖である。みっともないと養母に叱られたが、どうしても治らない厄介な癖である。実は心を許した一部の相手にしか見せない癖なのだが、それを言うのは野暮であろう。
食後の一服を楽しみながら公彦を見つめていた吉正は、傍らの机の上に置かれたクリスタルの灰皿に煙草を押し付けると、一息つきながらソファーに体を沈める。
「どうかなさいました?」
「いや……、今日は少し疲れた」
「!?」
億劫そうな溜め息をついて眉間を揉みこむ吉正を見ていた公彦は、吉正の言葉に驚く。冷酷無慈悲完璧鉄人。血管の中に溶けた鉄が流れているような吉正が疲れるとは。今日は退魔師の仕事を行ったと言っていたが、一体全体、どんな凶悪な犯罪妖怪と戦ったのだろうか。
「よ、よろしかったら、どうじょっ」
「何だ、これ」
何かを思い立った公彦が、突然、何かを差し出してきた。緊張のあまり盛大に噛んでいたが、気付かないふりが大人の対応である。震える公彦から手渡されたのは、煙草であった。それは木工細工のシガレットケースの中に十本入っており、中に入っている煙草も既製品ではなく手巻き煙草である。
「薬煙草です。疲労快復や体調管理の効能があります」
「……」
「あっ、だ、大丈夫です。煙草の調合は私が行いましたから、変な物は入っておりません」
無言の吉正に焦る公彦は、慌てて煙草の安全性を保証する。吉正がトラブルで薬を盛られて以来、他人から物を貰う事に敏感になっている事を思い出したからだ。
「自分で作ったのか?」
「はい。薬の調合は私の趣味のような物で。薬煙草は初めて作りましたから、あまり自信はないですが、よろしければ受け取って下さい」
「良いのか?宗之助の為に作ったんだろ」
「いえ?宗之助様は煙草はお吸いになられませんが?」
吉正はてっきり宗之助の為に拵えた物だと思っていたのだが、公彦は主の名前が何故出てくるのか不思議そうな様子である。
使用人は匂いを嫌う為、煙草は吸わない。趣味で作った物を吉正の部屋に持って来るとは、おかしな事である。そもそも、薬煙草という物は癖が強い品物で、気安く作ったり他人に渡したりする物ではなく、欲しがる人物も少ない。ちなみに、吉正はヘビースモーカーでもある。
つまり、公彦は吉正の為にわざわざ調合の難しい薬煙草を作った可能性が高いという事である。仕事が忙しく慣れない事務作業で疲れ気味の吉正の為に、疲労快復の効果のある物を……。
「そうか……貰っておく」
「ありがとうございます」
嬉しそうな公彦の声を聞きながら、吉正は自分の顔を両手で覆い、不意に胸中に吹き荒れた衝動に耐えていた。
【その後1】
「宗之助様!総司様!わ、わ、わた、渡せました!」
「本当!?」
「まだ渡せてなかったんですか!?あれから一ヶ月経ってますよ!?」
「総司様の言う通り、喜んで頂けたと思います。ありがとうございます!」
「まあ、うん。公彦さんが嬉しいなら良いすけど」
「このまま頑張ったら、本当に吉正様と友達になれますでしょうか?」
「大丈夫だよ公彦!ボクチン達が手伝ってあげるから!」
「そーすよ。あの手の人種は遣り手に見えて、意外と公彦さんみたいなオボコタイプに弱いですから」
「?」
「公彦さんは化物教師と仲良くなるって事だよ、宗之助」
「吉正様と私が友達に……。夢のようです」
【その後2】
「やっほー。お酒持って来たよー。あれ?何で部屋の電気を点けないの?」
「やべぇ。これ、あれだな」
「どうしたの?」
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