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ふたり、しずかに
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中学生の弟の修二が突然、茶道を習いたい。そう言って母に連れられて通うようになってもう半年たつ。
俺は今日、その茶道教室にいつも付き添いをする母の代わりの保護者だ。親戚……親父の弟が緊急入院、検査を受けそして手術することになり、その立ち会いするために両親は九州へ出掛けてしまって、学校のある俺と弟の修二は家に残った。
学生の頃によく通った公民館は懐かしい佇まいで、何も変わっていなかった。修二について後ろを歩く。2階の端の部屋が和室で木の格子の扉が見えた。中には畳の部屋があり、十畳が二部屋という広いものだ。
今。その和室に正座し遠巻きに修二を見守っている。中学生は修二だけで、あとは殆ど社会人の女性か……かなり可愛がられそうだな。
俺は正座の生活に慣れていない。しかし目の前の修二は長時間の正座をものともせずキチンと座っていて驚いた。家では正座しているところを見たことがなく、お茶を飲んでいる様は凛としていて普段の修二は欠片も見えない。凄いな、たった半年でここまでなるんだろうか?
姿勢を正しながら正座していたが、やはり足が痺れてきた。感覚が失われじんじんする。目の前の修二どころじゃなくなってきた。
その時だ、背後の襖がスッと開いた。
「どうぞお気楽に……足を崩してくださいね」
若い男性の声に驚き振り向くと、そこには俺と同じ年位に見える美しい男が正座して廊下に座っている。黒いスラックスに白いワイシャツ、そしてベストを着てなかなかの色男だ。
「あ……、ハイ、ありがとうございます」
軽く会釈され、俺も頭を慌てて下げると、その男は、ふっと微笑み隣ににじりながら部屋へ入って俺の隣に座った。
「失礼ですが……貴方は?」
静かにしろ……そう言いたげな前方の和室に並ぶ女性陣に一瞥されてしまうが、一体この人物は誰なのだという気持ちの方が強く動いて聞いてしまう。
「此処の職員ですよ。仕事が休みの時に、習いに来ています。今日は修二くんの保護者が若いイケメンだって聞いて……ちょっとだけ抜けて見にきました」
上半身を少しだけこちらに寄せて耳元で話され、なんだかこそばゆく、身震いしてしまう。
「俺を……見に来たんですか?」
「ふふ、修二くんのお兄さんだなんて聞いたら……スタッフ皆見に来たがってましたよ。修二くんは可愛いし、俺にとっての将来有望株だからね」
「なんのことですか」
「お茶を嗜む男性は少ないので。男子の茶道仲間が増えると俺は嬉しいんです」
ああ、そういうことか。確かに武道は習っても茶道までは……な。
「時期にお茶が来ますので此れを……」
すい、と手が伸びてきて白い紙に包まれたキャンディのような物を貰う。
「落雁です、どうぞ」
「らくがん?」
「砂糖菓子みたいなものです、抹茶がくる前に召し上がってください」
包みをほどくと、中には紅白の球体が現れた。それは淡い色合いで見た目からして可愛らしい。半分に割れているうちの白い一粒を口に入れてみると、すっと溶けていく。
「甘いけど……さっぱりとしてるでしょ?」
「そうですね」
「ふふ。気に入って貰えました? さ、お茶が来ましたのでどうぞ。作法はお分かりですか?」
「ええ……」
いつだったか、修二と外で飲んだことがある。その時は大きいもったりとした和菓子と、今目前にある抹茶を頂いた。飲み方は修二が教えてくれたっけ。
抹茶はふわりと独特な香りで表面には細かい泡がたっていて綺麗な若草色をしている。
三口で飲み干し、茶碗の正面をこちらに向け直して茶碗を畳のスレスレのところで見る。前方でお茶を習ってる女性のすることをチラ見しながら真似てみる。
「ふふ、真似しなくてもいいんですよ。貴方は今日は客人ですから、飲むだけで」
「美味しかったです」
「それは良かった。下げますね……」
すい、と今度は立ち上がり目の前に座ると、ジイッと見つめられたのち、一礼された。それにならって俺も一礼する。茶碗を右手に取り、左手を添えて立ち上がった ”職員さん” は襖の向こうへと姿を消した。そして、もう俺の横には座ることなく、事務所に戻っていった。
忘れていた足の痺れをまた感じる。
そしてそのあと。
違うところまで
ジリジリと痺れてくるなんて。思いもしなかった。
これは……この感覚は一体何なのだろう。
(おしまい)
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