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木田と室井 入居初夜
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木田は事務所が所有しているバンの後部座席で、緊張した時はいつもそうするように背もたれから背を浮かせて座っていた。
運転席にいるのは室井のマネージャーである玉谷、そして隣にいるのは、一ヶ月ほど前に交際を受け入れてくれた、室井健嗣本人だ。
木田が室井の方をチラッと見ると、彼はリラックスした様子でカーステレオからかかる音楽に合わせ、小さく体を動かしていた。
木田の視線に気づくと、室井は体の動きを止めて木田に視線を合わせた。
室井はいつも人の目を見るとき、瞳の奥の方まで覗き込むようにじっと見つめる。
木田は少し様子を見ようと思っただけだが、大きめの丸い瞳に見つめられると目を離せなくなって、何か言わなければいけないような気分になった。
「あ、の」
「ん?」
「……引越し、ありがとう、て、手伝いを」
語順もばらばらに、少し片言気味に言って木田は頭を下げた。
今日は木田が前島と暮らしていたアパートから、室井のマンションへと引っ越しをする日であった。
玉谷が事務所の車を借りてきて、玉谷と室井、それとぶつくさ言いながらも前島も荷造りと運搬を手伝いながら、早々に退去を済ませてきた。
車の荷台と助手席には木田の荷物がごっそり置かれている、それでもバン一台で3人が乗っても間に合う量だから、大してたくさんの量では無いのだが。
同居の提案は室井の方から持ちかけたものだった。
交際を初めて一ヶ月とはいえ、お互いの仕事もあって遊びに出かけるようなことはあまり無かったが、酒の席でそろそろ前島との別居を考えている話をしたところ、すぐに自分の家に来ることを提案したのである。
「……そんな急で、大丈夫なの?」
「俺はギダユーが来てくれるのは嬉しいから構わないよ」
「あ……俺はさ、ちゃんとした生活そんなできてないし、それ見て……冷められると、ちょっと、こわい」
「ギダユーがちゃんとした生活をしたいなら俺に合わせてればきっとできるよ、大丈夫だ」
「……ありがとう」
「それにしてもギダユーは元から喋りは下手だけど、最近はひどいな」
「それはっ、緊張してんだよ!」
「今更?」
「だって、かんけい、関係が、変わったから」
「あぁ、それはそうか」
その時の室井の頬笑みを木田は何日も何日も思い返していた。普段あまり表情の動かない室井の笑顔は、存外貴重なものだ。
「着いたぞ、木田君」
玉谷に言われて窓の外を見上げた。それほど大きいわけではないが、木田が今まで汚い男2人で暮らしていた部屋よりは明らかに立派で、木田が思い出すのは実家の雰囲気であった。
「もう一度運搬だな。こーちゃんがいない分を頑張らなくちゃいけないな」
「健嗣は先に部屋に入って荷物を受け取ってくれ。俺と木田君で運ぶから」
「すんません、タマさん」
運搬はつつがなく進み、2人で五往復もすれば荷台の荷物はほとんど片付いた。
「木田君、ちょっと」
木田が衣類の詰まったボストンバッグを運ぼうとしたとき、マンション入口から下りてきた玉谷に呼び止められた。
「俺からの引っ越し祝いがあるから、先にこれ渡しておこうと思って」
「え、今?」
「まーちょっとな」
玉谷は運転席の足元に置いておいた紙袋を木田に渡した。
木田は受け取って恐る恐る中身を確認してみたが、中に入ったボトル状が何か理解したとき、一気に顔が熱くなった。
「……こういうの買ったか?自分で」
木田は口をパクパクさせたが、言葉が出てこなかったので口はキュッと結んでから首を横に振った。
「ほら、初めにトラウマ付いたら後々厄介だろうし、大事だと思ったからな」
玉谷は木田が両手に抱えた紙袋をもう一度自分の手に戻すと、木田が肩にかけていたボストンバッグに紙袋を丸めて詰め込んだ。
「優しく、扱ってくれ」
ポンと肩を叩かれ木田はビクッと震える。
「さ、あとこんだけなら2人で一回で運べるだろ!行くぞー木田君」
助手席の荷物をさっさと両手に担いで大股で歩いていく玉谷が、木田にはどこか勇み足に見えた。
木田は変な寒気を感じながら、ローションを詰め込まれたバッグをぎゅっと小脇に抱え、残りの荷物もしょいこみ、深呼吸を繰り返しながら室井の部屋へと向かっていった。
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