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男子のためのバレンタイン
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バレンタイン…
2月14日。
それは「女の子が勇気を出す」日。
僕の名前は蘭。
この女の子のような名前でからかわれたのは、高校3年までの人生でもう何回あっただろ。
残念ながら虚弱体質で、身体も細いし色も白い。スポーツも全然できない。
男らしい要素はゼロ。
「らーんちゃん!」
今日も僕をこう呼ぶのは、幼馴染のノブ。
僕とは真逆な屈強そうな身体付きで、スポーツ万能で色も黒い。
いくつもの部活で助っ人に呼ばれているコイツは、冬でも日焼けして、唯一口から覗く白い歯が憎らしいくらいだ。
友達も数多くいるのに、なぜか俺に毎回構ってくる。
「蘭ちゃん、今日も体育の持久走ドベだったなー。
だっせーの。」
「うるさいな。体育は苦手なんだ。」
毎回からかわれてるのに、何故か真面目に相手をしてしまう自分もおかしいと思う。
そう。
僕はおかしいんだ。
「蘭ちゃん!もーすぐバレンタインだな!」
「あ、そっか。もう2月か。」
「俺は今年何個かなー?蘭ちゃんは?」
「僕は作る側だからいいんだよ。」
「そっか、蘭ちゃん製菓学校に進学するんだよな。」
そう。
僕はまたちょっと情けないけど、男のくせにスイーツが好きだ。
特にチョコレートが好きで、有名なショコラティエの作ったチョコレートに感動して、製菓学校への進学を決めている。
「蘭ちゃんは俺にくれないの?」
!!
「はっ…。なんで僕がノブに…。」
「だってそこらの女子のより美味そうじゃん。」
「あ、あげないよ!
だいたいバレンタインは、普段告白する勇気がない女子のためのイベントじゃん。」
「それな!
でも今の女子って、バレンタインいらないくらい逞しくね?
男の方がヘタレだよなー。」
「ノブだって彼女いないじゃん。
そこは男らしく告白すれば。」
「告白ねー。
僕も勇気がないのでちゅ。」
「その体つきでキモいこと言うな。」
うそだ。
キモいのは俺だ。
「ま、蘭ちゃんのチョコ期待してる!
んじゃな!」
毎度のことながら、ノブは言いたいことだけ言って帰る。
俺も言いたいことが言えたら…。
2月13日になると、家で戦争が始まる。
姉と妹に挟まれた僕は、それぞれの指南役として活躍中。
…と言えば聞こえがいいが、要するに体のいい小間使いだ。
「お兄ちゃん!チョコが溶けない!」
「湯煎の温度が低いんだよ。
もうちょい温度高めにして、でも高すぎるとツヤがなくなるから、様子見ながらな。」
「蘭!トリュフがかたまんない!」
「ああ!混ぜすぎ!もっとそっと!」
「お姉ちゃん、もっとそっちでやって!」
「うるさいな、あんたが後でやりなよ!」
ドタバタと毎年繰り返されるこの光景は、チョコが作り終わっても終わらない。
「お兄ちゃん!リボン結べない!」
「蘭!カーリングリボンが丸まらない!」
やれやれ、と思いながらこれも毎年のことでラッピングも手伝う。
「お兄ちゃん、ほんと男っぽくない!」
「蘭は女子より女子力高いもんねー。」
好き勝手に言い、それぞれの完成品を満足気に手にして部屋に帰っていく姉と妹。
残されたのは、キッチンの惨劇後だ。
「材料かなり残ってるじゃん。
チョコの神様のバチ当たるぞ。」
『蘭ちゃんは俺にくれないの?』
渡せるわけない。
だってそれは、友チョコじゃなく本命チョコになるから。
友チョコとして食べられるのは、胸が痛すぎる。
そう。
僕は、粗暴な幼馴染ノブが好きなんだ。
自分の気持ちに気づいたのはいつだっただろう?
気づくとノブの姿を探して、女子でも男子でも仲良くしてるとムカついて。
僕に絡んでくると、本当はすごく嬉しくて。
でも、言えるわけない…。
幼馴染でも男女なら「お互い好きだった」ってマンガも成立するけど、男同士じゃキモいって言われて終わりだ。
高校まではずっと一緒だった幼馴染だけど、4月からはノブは体育大に進学する。
きっとそこでもノブは、大勢の友達に囲まれて、可愛い彼女もできるだろう。
「もう会うこともなくなるかもな…。」
自分で呟いて、涙目になる。
「勇気を出す日、か。」
友チョコでも受け取って貰えたら、食べてもらえたら、少しは僕の想いも報われるだろうか。
気づくと僕はチョコレート作りに取り掛かっていた。
できたのは、ガトーショコラ。
苦味を少し強めにしたのは、敢えて。
最後に小さなプレートを付けて、姉たちが残していったラッピンググッズで丁寧に包む。
その晩は、何も考えられないのに、眠れなかった。
翌日、こっそりと紙袋を持って家を出る。
学校では一日中、ザワザワとした空気感が漂っていた。
ノブは…。
朝の下駄箱から始まり、休み時間の呼び出し、昼休みに囲まれ、大忙しだ。
放課後にやっと女子が帰るまで、僕は図書室で勉強するふりをしていた。
「らーんちゃん!お勉強終わった?」
「!!」
「教室にカバンあるのに、教室にいねーんだもん。今さら受験勉強いらなくない?」
「ちょ、ちょっとチョコレートのこと調べてただけ。」
「ふーん、もう終わったなら、たまには一緒に帰ろうぜ。」
「い、いいけど。」
「ふん、ふ、ふーん!」
鼻歌なんて歌って、ご機嫌な様子だ。
そりゃあそうだよな。
あれだけ貰えたら、機嫌も良くなるか。
急に自分の気持ちに自信が持てなくなって、虚しさで涙がこぼれそうになる。
「…ちゃん!蘭ちゃん!」
「え?あ、ごめん。なに?」
「蘭ちゃんからのチョコは?」
「な、なんで…。」
「朝、紙袋隠してるの見た。
まだ持ってるんだったら、くれよ。」
「僕の?!」
「うん、蘭ちゃんのチョコ期待してるっつったじゃん。」
「そ、そこまで言うなら。
姉ちゃんと妹の材料の残りだけど、もったいなかったから…。」
「もーらい!」
僕が言い終わる前に、ノブは僕の手から紙袋をかすめ取って行った。
「んじゃ、こっちあげる。」
ドサドサ
「え?!これノブが貰ったチョコじゃん!」
「んーでも蘭ちゃんのが一番美味しそうだから。他は全部あげる。」
「そんな女の子の気持ちとか、お返しとかもあるのに。」
「どうせ毎年食べないし、お返しも返したことないし。」
「そ、そうなの?」
「うん。じゃ、貰ってくわ。また明日な!」
残されたのは、ノブが貰った大量のチョコを抱えた僕。
どうしよう。
本当に渡してしまった。
開けたら…きっと…。
翌日、ノブが僕にちょっかいを出してくることはなかった。
と言うより、一日中話さなかった。
やっぱり…。
「蘭ちゃん、ちょっといい?」
放課後、逃げるように帰ろうとしていた僕を捕まえて、ノブはそう言った。
2月の屋上という寒い場所に連れてこられた俺は、寒さのせいもあり余計惨めで、今にも潰されそうな気持ちだった。
「ねー、昨日のチョコケーキって本命チョコ?」
「な、なんで…。」
「『Love You』ってプレート付いてた。」
「あ、あれは…。ごめん…。」
「謝るってことは、本命チョコなんだ?」
「ごめ…。」
涙が溢れる。
なんで渡してしまったんだろう。
これでもう僕とノブが話すこともなくなる。
「ごめんっ!」
ガシッ
走って逃げようとした僕の腕を、ノブが掴む。
「待てよ。」
「ほんと…ごめ…。」
「謝られると困る。」
「本命チョコなんて困るよね、ごめん。」
「違う。謝られたら、俺の気持ち伝えられなくなるから、困る。」
「え…ノブの気持ち?」
「そう。俺の気持ち。」
「気持ち悪いって…?」
「そーじゃねーよ。本命チョコなら、ちゃんとお返しするから。」
「え?」
ちゅ
時間にして0.01秒くらいだったかもしれない。
でも僕の頭を真っ白にするには十分過ぎる時間だった。
「これが俺の気持ち。
気持ち悪かったか?でも我慢できなかった。」
「え…あ…。」
「俺、ずっと蘭が好きだった。
でも言う勇気なくて。キモいって思われるの怖かったし。
バレンタインが男子向けだったらよかったのに、って毎年思ってた。」
「え…うそ…。」
「ホント。両思い…だよな?」
「ノブ…。」
「否定しないなら、肯定と受け取る!
俺と付き合え!」
「付き合うって…。」
「返事は?」
決まってる。
「う…うっ…うん…。」
涙声で、返事が上手くできない。
でもノブには伝わったようで…。
「記念のキスな。」
ちゅ
唇に触れるだけのキスが、現実と夢の世界を繋げてくれた。
「蘭ちゃん!帰ろうぜ!」
心なしか赤い顔をしたノブが、爽やか過ぎる笑顔でそう言う。
バレンタイン…。
男の子のための日だっていいよな?
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