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始まり(6)浅野Side
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篠原の気持ちが知りたい。
その一心で、俺は次の日も、その次の日も、篠原をこの腕で抱き締めた。
俺の思惑通りに、この奇行を癖だと思った篠原は一度も俺の腕を拒絶しなかった。
背中から抱き締めた俺の腕に、篠原がそっと手を触れた夜。
腕に篠原の唇が小さく触れた夜。
そして、俺に抱き締められて、篠原が泣き出した夜…
震える体を抱き締めながら、泣き出す篠原に何もしてやれないもどかしさに、思わず声を掛けてしまいそうになるのを、必死に堪えた。
篠原は俺に惚れている。この時には、本当はもう分かっていた。
篠原には酷い事をしてしまった。
好きな男に、女と間違えられて抱き締められていると思い込んでいる篠原の体を毎晩抱き締めたんだ。
きっと、生殺しの様な気分だっただろう。
篠原への思いを認めて告白する勇気が無かった俺は、毎晩抱き締める事で、篠原に俺への思いを言わせ様としたんだ。
俺は、イケメンなんかじゃない。
最低だ。
そんな俺に、罰が下った。
篠原が俺の腕の中で泣いた次の日。
合コンに参加したあの日だ…
二次会のカラオケに着いた頃、ふと篠原が居ない事に気付いた。
「あれ?篠原は?」
「あ、篠原先輩なら何か用事思い出したらしくて、帰りましたよ」
帰ったって…?
「…早く言えよソレ」
思わずそう呟き、店の外に出ようとする、俺の腕を山下が掴んだ。
「おい。どこ行くんだ?もう受付済ませたんだから、逃げられねーぞ」
そうクギを刺された。
女の子の視線がキラキラと、注がれる。
「……あぁ」
仕方ない。
人の期待を裏切れない(特に女の子)性分が、この時ばかりは恨めしく思えた。
カラオケに入って一時間程経ったが、女の子が渾身の思いを込めた曲の、歌声や、歌詞すらも、全く心に響かなかった。
それより、最後に見た篠原の顔が頭に浮かんで離れない。
目が合って、フッと笑った篠原の顔が、何か言いたげで気になった。
その後見せた篠原の顔は、思い詰めた顔の様にも、何か吹っ切れた顔の様にも見えた。
用事って何だよ?
帰るって?
何で俺に何も言わずに帰ったんだ?
篠原は今、俺の家に居候してるんだから、帰る場所は俺の家の筈だ。
鍵持ってないくせに、どうやって帰るんだよ。
俺が先に帰って開けてやらないと…
「悪い、やっぱ先に帰るわ」
俺は、テーブルにお札を置き、席を立った。
「ちょ…オイ!」
俺は、山下の声を背中に聞きながら、カラオケ店を飛び出した。
すかさず、篠原の携帯を鳴らす。
「出ない…か」
嫌な予感がする。
何だか、このまま、篠原が帰って来ない様な気がして…
俺の側から居なくなる様な気がして…
「はは…」
馬鹿だ俺。
どこに居るのか、誰と居るのか、そんな事、篠原が俺に言わないといけない理由なんて、どこにある?
篠原は俺の物じゃない。
俺と篠原はまだ何も初まっていないのに…
初めるにしても、終わるにしても、お互いが逃げていては、何も変わらないんだ。
二度目の電話に出た篠原は、忘れ物をして会社にいたと言ったが、それは多分嘘だ。わざわざ取りに戻らなければいけない程の仕事は無かった。
そして、ケーキを買ったのは俺の家に帰って来させる為の口実。
甘いケーキはハッピーエンドを願っての願掛けだった。バッドエンドになったとしても、甘いケーキが傷を癒してくれるだろう…
「早く、帰って来い篠原…」
部屋のソファーの上で、俺はそう呟いた。
そしてその夜。
抱き締めた篠原の体からは、俺の知らない香りがした…
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