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始まり(7)浅野Side
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知らない香りがする。
微かにだけど、確実に。
だけど俺は、気付かない振りをした。
篠原の体に移り香を残すほど、親しい相手がいたとして、その相手と会っていたとしても、仕方の無い事だ。
篠原の思いに気付いていながら、自分の思いを伝える事を恐れていた俺が悪い。
なんて…言い聞かせてみたけど、やっぱり嫌なものは嫌だ。
お前を他のヤツに取られたくない。
遅くなって、ごめんな。
俺、やっと覚悟できたよ。
「……篠原」
耳元で呼んだ名前は、他の誰でもない、今俺の腕の中にいる篠原の名前だった。
「あ…浅野?寝てる?」
寝言を言っているはずの俺に、自分以外の名前を呼ばれるとばかり思っていたのだろう、篠原はそう問いかけた。
「起きてる」
「じゃあなんで…」
「篠原…お前、俺の事好きだろ?」
ずっと、その答えを、篠原の口から聞きたかった。
「な、なに言ってるんだよ。あ、分かった、お前まだ酔ってるんだろ?」
慌ててそう言い返すも、俺に背を向けたままの篠原の体からは、明らかに大きく刻む鼓動が伝わって来る。
「じゃあ聞くけど、どうしてお前はこの5日間、俺に大人しく抱かれたまま眠ってたんだ。俺に抱き締められて、泣いてた日もあったよな?何でなんだ?」
篠原に、追い打ちを掛ける様にそう問いかけた。
初めて一緒に眠りについた夜、俺は篠原を抱き締めた。それは、初めから計画していた訳じゃない。ほんの、弾みで抱き締めただけだった。
俺の腕の中で大人しく抱き締められる篠原の気持ちが知りたくて、気が付けば毎晩抱き締めていた。
抱き締めて、篠原が涙を流していても、俺は何も出来ず、篠原を苦しめた。
「…悪い。お前の事試した」
「…試す?」
どんな結果になろうとも、篠原に全ての始まりを…俺の思いを伝え無ければ…
「お前って、あんまり自分の事話そうとしないだろ?会社では、仲良いのにプライベートな付き合いも避けてたし、俺に対して変な壁を作ってるような気がして…そのくせ、よく目合うし、ずっと気になってた」
いつから篠原が俺に惹かれていたのかは分からない。ただ、ほんの些細な篠原への興味が始まりだった。
「それで、一年前のある日、駅で偶然お前の事見つけて、悪いと思いながらも、一部始終を見てしまったんだ」
そう、一年前。今でも鮮明に覚えている。
「お前が、男と別れ話してる所」
篠原はその男との別れ話の途中で、無理やりキスされて、奴の顔を思い切り引っ叩いた。
その全てが衝撃的だった。
篠原がゲイだったと言うこと。それから…
「浅野…頼むから、もうそれ以上は言わないでくれ…」
話を続け様としたら篠原が、言葉を遮った。
「最後まで聞けよ」
俺の腕から抜け出そうと身をよじる篠原を、強い力で封じた。
「…っ」
「あの時、男が去って行った後お前、泣いてただろ?それ見た時、俺の方がいい男なのに…俺にすればいいのにって思ったんだ。変だよな、そんな気持ちになるなんて…」
胸が締め付けられ、綺麗だと思った…
全ての感情が、あの一瞬で胸の奥から湧き上がる様な、感覚だった。
俺はずっと、その時生まれた感情に名前を付ける事が怖かったんだ…
「なぁ、篠原。男同士の恋愛なんて、よく分からないけど、俺は…お前の事が好きなのか?」
男同士で好きとか、嫌いとか。きっと、俺なんかより篠原の方が良く知っている…
「わ、わかんねぇよ、そんなこと、俺に聞くな…」
俺の気持ちが分からないのなら、篠原の俺への気持ちを、ちゃんと聞きたい。
「じゃあお前は?俺の事どう思ってる?」
逸る篠原の鼓動に、俺の鼓動が重なって…
「…好きだよ…」
溢れた。
篠原の俺への思いが。
「早く、そう言えば良かったんだ」
そして、今度は溢れ出したその思いを、俺が両手で掬った。
零れない様に…
無くさない様に…
溢れるお互いの思いを共に抱き締めた。
…あの時俺が言った言葉は、篠原と、俺自身に対して口にした言葉だった。
早く言えば良かったんだ。
「好きだ…」
俺は、隣で眠る篠原の首筋にくっきりと浮かび上がる紅い跡を指でなぞりながらそう呟いた。
好き。
たったその二文字を伝えるのに、俺達は随分回り道をした。
告白まで約一年間かけてやっと、こうして恋人として隣にいる。
好きだと言われて好きだと返す。
愛してるは、まだ恥ずかしくて言えないけれど。
いつかはそれも自然に言える様になりたい。
「愛してる」
それまでは、お前が眠ってるうちに囁いて、練習しておく事にするよ…
「えへへ…」
「起きてやがるな」
「寝てる」
「嘘つけ」
-始まり 浅野Side end-
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