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◇◇
六月。
ふわりとした春が過ぎ去り、容赦無く太陽がアスファルトの地面を焼き、湿気を含んだ生温かな風が身体に纏わりつく、初夏の季節。
その転校生は、風のようにやってきた。
「…逢坂鈴です。…よろしく」
長身の、雪のように白い肌が印象的な美青年だった。
逢坂は簡略な自己紹介を済ませると、教室になどまるで興味がなさそうに、俯いて目を伏せた。
ぶっきらぼうで、冷たい挨拶。本来ならば敬遠されそうなその性格も、まるで少女漫画から出てきたようなその風貌では逆にプラスに働くようで、クラスは一瞬にして、わっと色めき立った。
「はい、皆さん静かに」
騒めく教室を宥めるように教師は手を叩くと、ぼおっと立っている逢坂へと身体を向けた。
「まだ慣れないことばかりだと思うけれど、分からないことがあれば遠慮なく質問して下さいね。皆も、逢坂君が困っているようだったら、手を貸してあげて下さい」
にこりと笑いかけた教師に、彼はちらりと目を向けたけれど、すぐにまた、元のように俯いた。
その瞳には光がなく、どんよりと曇っている。死んでいるのか、生きているのか、分からないような目だった。
「それじゃあ、逢坂君の席は…そうね」
教師はそう言いながら、ざっと教室を見渡して、俺の隣に目を留めた。
「林野君の隣が丁度空いているから、そこにしましょうか」
そういうわけで、逢坂の席は俺の右隣になった。
窓際の一番後ろの、特等席。その隣に人が来るのは少し気に入らなかったが、仕方ない。
教室のあちらこちらから不服の声が聞こえたけれど、俺は聞こえないふりをした。
彼は相変わらず特段興味もなさそうに、教師の指差す方向へ、ちらりと視線を向けた。
ふ、と視界の隅でカーテンが揺れた。
一瞬、強い風が髪を揺らし、開いた窓の隙間から眩しいほどの光が流れ込む。
不意打ちに、俺は思わず目を細めて、目にかかった髪を払い除ける。
さらさらと溶けていく光の向こうーーこちらを見つめる逢坂と、目が合った。
向けられたガラス玉のような瞳が、僅かに揺れる。
その薄く開かれた唇が、何か言いたげに、小さく震えた。
「……君、は…」
心臓が、どくんと大きく音を立てた。
彼は俺を見つめたまま、ふ、と微笑んだ。
それはまるで、新しい玩具を見つけた、悪戯っ子のような笑みだった。
「……逢坂君?どうしたの?」
「…いえ、何でもないです」
逢坂はリュックを背負い直すと、こちらへつかつかと歩いてきて、俺の目の前で立ち止まった。
長い睫毛に縁取られた丸い瞳が、再び、俺を捉える。
「……君、…林野君だっけ」
「…そう、だけど」
「そっか。…じゃあ、林野君」
すうっと細められた濃いグレーの瞳が、窓から差し込む光を浴びて、きらりと光る。
「……よろしくね」
退屈な日常に突如として吹き込んだ、少し湿り気を含んだ夏風。
それは、自分に何らかの大きな変化をもたらすーーそんな確信のない予感が、静かに、俺の胸の中に渦巻き始めていた。
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