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「…消えた、かな」
逢坂の呟きと共に、太陽の光に照らされた澱みがさらさらと溶けていく。
ほわほわと逢坂の周りを飛んでいたあの光は、きっと彼女の魂なのだろう。
もしかしたら彼女は、あの闇の中で一人、もがき苦しんでいたのだろうか。
ずっと誰かに助けて欲しくて、孤独に震えながら、手を伸ばし続けていたのだとしたら。
「…同情しちゃ駄目だ」
「えっ…?」
気が付けば、逢坂に腕を掴まれていた。
「また持っていかれるよ、身体」
「…っ」
先ほどの恐怖を思い出し、落ち着きかけた心臓が、どくんと跳ね上がる。
逢坂はくすっと笑うと、恐怖にすくみ切った俺の身体を抱き寄せ、取り敢えずこっちおいで、とフェンスを越えるのを手伝ってくれた。
「怪我は、…してないかな。良かった」
へたりと床に崩折れた俺の隣にしゃがみ込むと、逢坂はざっと俺の身体を確認して、頷きながら小さく微笑んだ。
その瞬間、ずっと張り詰めていた緊張の糸が、ぷちんと切れた。
じんわりと目頭が熱くなり、視界がぼやける。
「……怖かったよね」
逢坂の手が、肩に回される。
そのままゆっくり抱き寄せられて、強張っていた身体から力が抜けていくのが分かった。
「…ほら、ゆっくり深呼吸して。大丈夫、もうあいつはいないよ」
温かい。
恐怖に囚われていた心が、じんわりと溶かされていく。
「ね、手握ってても、い……?」
「…いいよ」
逢坂の手が、俺の手を掬い上げる。
少し骨張った、しっかりと体温を持った大きな手が、冷たくなった俺の手を柔らかく包み込む。
「…ん、…ありがとう…」
触れた場所から伝わってくる体温が、酷く落ち着く。
先刻、逢坂に対して疑いしか抱いていなかったのが嘘みたいに、今は何よりも頼もしく思える。
「…悪かったよ」
「…ん?」
「さっき、…ほら」
『…アンタみたいな胡散臭いオカルト野郎、大っ嫌いなんだよ』
感情に任せて言った言葉。今となっては、自責の念しかない。
「ああ」
逢坂はくすっと笑って、小さく首を横に振った。
「大丈夫、気にしてないよ」
向けられた笑顔からは、負の感情なんて全く感じられない。
ああ、捻くれてんなぁ、俺。
「…ねえ、林野君」
逢坂の手が、俺の頭を撫でる。
髪を掻い潜り、頭皮に直接その指の腹が触れて、ぞくぞくしてしまう。
「…言ったよね、君は狙われているんだって」
「…ああ」
「現に今、君は霊に身体を乗っ取られて、肉体を奪われそうになった。そこを、僕が間一髪で助けた」
「……何が、言いたいんだよ」
随分とまどろっこしい言い方をする逢坂に問えば、彼は灰色の瞳をすうっと細めて見せた。
「いい?これは、始まりなんだ。いわば、序章に過ぎない」
「…はぁ?」
思わず、素っ頓狂な声が唇から溢れる。
逢坂はふふっと笑うと、つまりは、と学者然とした口調で続ける。
その瞳の色が、一層濃くなる。
「ーー君はまた、命を狙われる可能性があるってことだ。それも、近いうちにね」
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