アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
99
-
◇◇
バスタオルで頭を拭きながら、洗面所を出れば、キッチンに立つ逢坂が、ひょっこりと顔を見せた。
「待ってね、もう少しでご飯出来るから」
「…うん」
待っててと言われたものの、気になってそちらを覗いてみれば、エプロン姿の逢坂が、手にフライパンを持ち何かを炒めていた。
さらに近付き、そっと後ろから手元を覗いてみれば、色とりどりの野菜が目に入ってきて、どうやら野菜炒めを作っているらしいと分かった。
「……そこにいたら危ないよ、林野君」
「わ、…っ気付いてたのか」
「…ふふ、気配で分かるよ。それに、…シャンプーのいい香りもしたから」
振り向き、にこっと笑った逢坂に、どきんと心臓が跳ねる。
何と返せばいいのか考えていれば、逢坂はそうだ、と小さく声をあげて、箸を持った手でちょいちょいと手招きをしてくる。
「…え、…なに…?」
「これ、ちょっと味見してみて。味が薄いとか濃すぎるとかあったら、教えてほしいんだ」
そう言うと、逢坂はフライパンの中から短冊切りされた人参を一つ箸で摘み、それにふっと息を吹きかけてから、はいと差し出してくる。
何だか新婚夫婦のやり取りみたいだな、なんてドキドキしながら、そろそろと口を開ける。
「…えと、…いただきます…」
「どうぞ」
笑顔の逢坂を前に、差し出されたそれに、そっと齧り付く。
「……あ、美味しい」
程よい噛みごたえ、それに丁度いい塩加減。
思わず頰を緩めれば、逢坂は良かったと呟き、嬉しそうな顔をする。
「そう言ってもらえて、嬉しいな。…あ、良かったらこの味噌汁も、味見してもらえる?」
「え、いいのか…?」
「うん、もちろん」
逢坂は箸を置いて、代わりにお玉を手に持ち、隣の味噌汁が入っているらしい鍋の蓋を開けた。
そして何度か掻き混ぜてから、上辺を掬い、ふーっと息を吹きかけて、こちらへ差し出す。
「一応冷ましたけど、熱いかもしれないから気を付けて。はい」
「…いただきます……ん、……美味しい」
こちらもまた、程よいしょっぱさで出汁が効いていて、美味しい。
いつも母が作ってくれる味噌汁とは、全然味のタイプが違う。例えるなら、母のが家庭の味で、逢坂のは料亭の味だろうか。
「……なんか、新婚さんみたい」
「…っぶ」
逢坂の言葉に、勢いよく噎せる。
もう味噌汁は喉の奥に消えた後だったから良かったものの、口の中に残っていたら、危うく床にぶちまけてしまうところだった。
げほげほと唇に手を当てて咳き込みながら、逢坂を見あげれば、ふふふと笑って、背中を撫でてくれる。
「…冗談だよ、本気にしないで。……でも、こういうのっていいね」
「…え…?」
「……自分の作ったご飯を誰かが美味しいって食べてくれて、笑顔になってくれる。…それが、こんなにも幸せなことなんだって、知らなかった。…ずっと、一人だったから。…教えてくれて、ありがとう」
「…っ」
陽だまりのような笑顔に、胸が高鳴る。
それと同時に、一人という言葉に、心臓がガラスの破片を刺されたみたいに、ちくちくと痛んだ。
ーーずっと両親が側にいて、見守ってくれて。
本当の孤独なんて感じたことのない自分には、きっと逢坂の痛みなんて到底分からない。
けれど、こんな自分でも、側にいることは出来る。
両親の代わりなんて、おこがましいことは言わない。
ほんの少しだけでもいい。逢坂が一緒にいて安心を覚えてくれるような存在に、なりたい。
「俺でよければ、…また、食べにくるよ。誘ってくれたら、いつでも行くからさ」
逢坂が、は、と驚いたように息を呑み、……それから目を細めて頬を緩め、こくんと頷く。
「…ありがとう。待ってるね」
頭上の照明の光に、灰色の瞳が反射して、きらきらと光る。
それがあまりにも綺麗で、ぽーっと見惚れていれば、もう少しで出来るからあっち行っててと、背中を向けられてしまった。
もう少し、この新婚のような時間を楽しみたかったのに。
少し残念に思いながらも、仕方なしにリビングに戻って、小さな木のテーブルの前に座れば、ほどなくして、逢坂が料理を運んできてくれる。
「…わ、すごい」
全部運ばれ終わった時、自然とそんな声が漏れてしまうほど、逢坂が作ってくれた料理は、素晴らしかった。
炊きたての白米、芋と玉ねぎの味噌汁、色とりどりの野菜をふんだんに使った野菜炒め、こんがりと焼けた豚の生姜焼き……。
一見質素に見えるけれど、その実はきちんと彩りが計算されていて、華やか。
余りの出来栄えに唖然としていれば、逢坂は照れたようにはにかみ笑いを浮かべながら、二人分のコップをテーブルの上に置いた。
「冷めないうちに、食べよう」
「…うん、いただきます」
胸の前で手を合わせて、小さく頭を下げてから、俺は箸を持って、料理に手を伸ばした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
95 / 128