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戸惑いを含んだ、逢坂の声。
急いで振り向けば、涙の欠片が辺りに飛び散った。
「…ったすけて」
嗚咽に混じって、声にならない声が漏れる。
少しの間逢坂はその場で固まっていたが、自分が泣いているのを見て何かを察したらしく、急いでこちらへ駆け寄ってくる。
そして背後から首に手を回し、そっと抱き寄せてくれた。
「…大丈夫、俺は君の味方だよ」
「……っ」
耳元で囁かれた柔らかな言葉に、目に溜まっていた涙が、一気にぽろりと零れ落ちる。
こんな状況下では、自分を信じろという方が無理があるのに。
それでも逢坂は、自分を信じてくれる。
味方だと、言ってくれる。
「……分かってるよ、これが君の意思じゃないってこと。元凶は分からないけど、きっと……自分じゃ、離せないんだよね?」
その問いに、こくりと頷く。
離したいけど、離せないのだ。
自分の手がまるで吸盤みたいに男の首にくっついていて、もう自分の力では離すことが出来なくなっていた。
逢坂は分かったというように頷くと、男から手を引き剥がそうと、俺の手首を掴んで、ぐっと横に引っ張った。
「……っなにこれ、凄い力…!」
が、逢坂が渾身の力を込めて引っ張っても、びくともしなかった。
自分も何とか剥がそうとするのだが、全くと言っていいほど、動かない。
そんなことをしている間に、みるみる内に男の息は浅く、細くなってゆく。
「…取り憑かれてるの…?いや、でも……とにかく、やるしかないか」
逢坂は焦ったように呟くと、側に落ちていた鈴を手に取り、チェーンの部分を握った。
『聖なる銀鈴の音色よ』
逢坂が手を振れば、凛と澄んだ綺麗な鈴の音が、辺りに響き渡る。
それと同時に、少しずつだが、手の力が和らいでいくのが分かった。
『現世の罪穢れに染まりし神の子の
禍を祓い、邪を退け、その身体を清め給え』
シャラシャラという音に、締め付けられるような頭痛が、燃えるような熱さが、消えていく。
身体の力も、徐々に抜けていきーーある時点で、完全に身体の力が抜け、ふっと床に崩れ落ちた。
すぐに逢坂が身体を抱き寄せて、大丈夫かと顔を覗き込んでくる。
その時にはもう、先程までの痛みと苦しみは嘘のように、消えていた。
が、代わりに、とても抗えないような眠気が、突如襲ってくる。
「…疲れちゃったみたいだね。…ごめん、少しだけ待って。すぐベットに連れて行ってあげるから」
逢坂は目を細めて微笑むと、優しく頭を撫でてくれる。
そして俺を少し離れたところへ座らせると、地に横たわり、肩で息を繰り返しながら、激しく咳き込む男へと近づいて行った。
男は逢坂の姿を視界に捉えると、明らかに怯えながら、涙目で力なく首を横に振った。
「…るな、…来るな……っ」
「……」
逢坂は黙って男の側に立つと、その襟元を掴み、ぎりっと締め上げた。
「……お前に聞きたいことは、沢山ある。…けどまずは、奪ったものを返してもらおうかな」
「…っぁ、…出来、な…」
苦しそうに顔を歪めながらも、首を横に振る男に、逢坂は手に持っていた鈴を目の前に掲げて、襟元を更に強く締め上げる。
「…返してくれるよね」
口元は微笑んでいたが、目元は決して、笑ってはいなかった。
男も流石にやばいと思ったのか、目に涙を滲ませ、こくこくと激しく首を縦に振った。
「…す、かえす、から……っ」
「……」
逢坂は微笑みを崩さず、男から手を離した。
男は苦しそうに顔を歪めたまま、諦めたように溜息をつくと、胸に手を当て、目を閉じた。
数秒後、男の手がきらきらと光り始める。
よく見ると、その手には、微小な光の粒子のようなものが纏わり付いていた。
「……早く」
男は名残惜しそうにその手を眺めていたが、逢坂に促されると、ちっと舌打ちをして、手先を俺の方に向けた。
すると、纏わり付いていた粒子が男の手を離れ、空気中をふわふわと漂い始めた。
どこか幻想的なその様子をぼーっと眺めていれば、それらの行き先が、自分だということに気が付いた。
「わ、…」
一つ二つと粒子は自分の近くに飛んでくると、……すっと胸の中へと入り、消えてゆく。
それと入れ替わるようなかたちで、胸の中から黒い粒のようなものが飛び出し、男の方へと飛んでいく。
きっとこれが、いつか逢坂が言っていた、気の交換というやつなのだろう。
光の粒子が生気で、黒い粒が霊気。
奪われた生気が自分の中に戻ってくれば、容器から溢れた霊気が、外へ出て行く。
本当かどうか信じられなかったけれど、こうやって直接目にすると、信じざるを得ない。
最後の粒子が、身体の中へ入る。
その途端、何だかどんよりしていた心が晴れ、身体が軽くなるのが分かった。
「……これで、…いいだろ」
男が拗ねたように、呟く。
「…何言ってるの?…ここからが本題だよ」
が、逢坂は笑みを貼り付けたまま、へたり込む男の側を仁王立ちで見下ろした。
「……あいつの場所を、教えろ」
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