アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
1 遺書
-
◇
冬のはじめ、11月の終わり。
ぐっと温度が下がり、そろそろ本格的な冬が来るらしい。たまに見る天気予報士がそんなことを言っていた。すでに我が家にもこたつが設置されていて、冬の香りを感じる。
外は賑わい、楽しそうな季節なのに、有馬にとっては、寒くて凍えて消えてしまいたいと思うようなそんな季節。
またこの時期が来たと落ち込んでは、いつの間にか過ぎる。
そんな有馬は、自分に向かって振りかざされる母親の手を、ぼんやりと見つめていた。
「お前なんかっ、産まなきゃよかった。」
ボロく小さなアパートの一角でバシッと大きな音が部屋に響き、頬から痛みが伝わる。
ぼーっとする有馬の白い肌に赤みが広がっていく。叩いた時に母親の長い爪が顔に当たったようで、延ばした手先には少し血がついた。
苛立ったように髪をくしゃりとさせて、大声で喚いている母親の様子を他人事のように感じながら、呑気にヘラヘラと笑う。
今日は何を食べようか。自分が作った今晩のご飯は既に床の上でグチャグチャだ。
あたたかくて甘いものが食べたいと、頬から流れた生温い温度に物足りなさを感じた。
皿の割れる音が聞こえ、また体に痛みが走る。殴り蹴られ喚かれようと何の反応もしない有馬に、母親は飽きたのか言葉を吐き捨てながら家を出ていった。
放心する有馬はちらりと母親を追うように玄関に目を向けたが、すぐに目を逸らし倒れた体を起こしあげる。
母親にはとうに興味を失い、自分にすらあまり執着を持っていない有馬にとって、母親からの暴言や暴力にはすっかり慣れたものだった。
さらに、前の学校では暴力とまではいかないものの、イジメがあり、有馬は嫌悪の対象として学年中から嫌われていた。
ついたあだ名は『有馬菌』。僕に触ると、死んでしまうのだそうだ。馬鹿馬鹿しいと思いながらも、気になってしまうし、悪口を言われると凹んだ。
なぜこんなあだ名がついたのかというと、有馬の容姿に理由があった。ある時期から髪を伸ばし始めたのだが、整えられないボサボサの頭を嫌がる人が絶えなかったのだ。髪の毛に虫が絡まって死んでいたこともあり、清潔とは言えないその格好を同級生は皆嫌悪したからだ。
重い体に鞭打ちながら部屋に戻る。
母親や同級生からの言葉に、初めて言われた時は泣いて布団にくるまったものだが、痛みは何度も受けると慣れるものらしい。
産みたくなかったのなら産まなきゃ良かったのに。
そう心で呟くくらいには落ち着いている。
それからなんでもないような顔で、母親の散らかした食事や割れた食器を淡々と片付けていった。
「書くか。」
慣れたように机に出したペンと紙をとり、スラスラと書いて出来るのは遺書の予定になるもの。
いつだか知らないが、いつの間にか習慣になってしまった遺書書きを今日も1枚書く。ただただ遺書を書くだけ。それは自分のことを書く時もあれば違う時もあった。
一体何がしたいのかなんて自分が一番わからなかったりするが、楽しいからいいのだ。
「11月29日、今日の俺は孫に自分の誕生日に死なれた可哀想なじいさん。」
一行目にそう書いてから、また言葉を綴る。
自分の誕生日を祝おうと、じいさんの家に向かう孫が途中で事故にあい即死、そんな設定。
縁起が悪いなと思いながらも、おじいさんに代わって懺悔の言葉を書き連ねる。
今日は母親の誕生日だった。遅くなっても帰ってこない母親を待ちながら有馬は料理を作り、プレゼントも用意した。気に入らなかったみたいだけど、1口料理を食べてくれたので満足だ。
今日を思い出しながらペンを走らせる。あとは何を書こう。
ー誕生日に人は呼ぶもんじゃない、ろくなことが無い。死んだのも自分のせいだ。
気持ちと矛盾しながら溢れ出る言葉に自虐的に笑った。
『それから、』とまた一言書いて紙を閉じる。
「352枚目。」
すっかり多くなった遺書を今日も手紙箱に放り込む。手紙箱は5箱目までになっていて、読み返されることもなく部屋の端の方に寄せられていた。
遺書を書くと落ち着いた気分になる。一度本気で死のうと考えた時に、衝動的に書いてみたらスッキリしたのだ。
一度スッキリすると、今すぐ死にたいと思っていた感情が薄れていったので、それからは書きたい時に書いている。
神頼みに助けてと言う昔の自分はもういない。神なんていないのだからお願いするだけ無駄だ。
近くにあったカッターを手に取ると、有馬はゆっくりと手首のしわに沿って手を引いた。赤く染められた手からポタポタと白いTシャツに丸い染みが広がる。
「ははは、痛い。」
近くにあった鏡の中で頬が熱く火照っている有馬は、歪な顔で笑っていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 65