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4 精神安定剤
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それから有馬は時間があればカフェに通っていた。お金は使わないから貯まっていたし、もうすぐ高校生だが、今は冬休みだ。
あと一週間ほどで始業式があり、有馬は一年生になるので学校が始まればこれほど毎日は行けないけど、1週間に3回程は行くつもりでいる。
学校の帰りに寄るということも考えたけど、カフェは学校の帰り道とは逆の場所にあり、少し歩かなければならなかった。近くにはコンビニもあり、そこを通らなければ目的地につかない。
そのコンビニから出てくる高校生の男女グループが談笑しながらこちらに向かって歩いてくる。懐かしい制服に中学生だとわかる。有馬の出身校だった。
まだ幼かった頃、近くに住む高校生達がコンビニで何かを買っては、ビニール袋をぶら下げる姿に、どうしようもなく憧れたものだった。あの気持ちはきっともう戻らないけど、焦がれるこの目はきっと今も昔も変わらない。ごちゃごちゃにかき混ぜられた生地には、すっかり別の成分が入り込んでしまっている。
明るい笑い声とすれ違いながら、有馬は過去を思い出していた。中学生の記憶だ。この頃は思い出すこともなかったのに、蓋をしたはずのビンから流れていくのは自分の中にまた新しい成分が混ざりこんだからなのか。
からんからんと鈴がなる。
「いらっしゃいませ。今日もカフェラテですか?」
「あとパンケーキも。」
短期間ですっかり常連客になってしまった有馬だが、いつも頼むのはカフェラテと、気が向いた時に食べるパンケーキだけ。大量に砂糖やら蜂蜜をかけるのを青さんは既に諦めたように見つめている。
奥の端のカウンター席に座る。この席ももはや有馬の定位置だった。
「雪、この辺では珍しかったけど、やんだよね。」
話しかけてきたのは青さんで、言葉につられて窓を見ると確かに雪が降ってないと気づいた。
初めて雪を見た日は興奮して家を飛び出したくせに、もう関心が無くなっている。
「雪は楽しいですけど、寒いからあったかいものが飲みたくなります。あ、カフェラテありがとうございます。」
じんわりとした暖かさを味わおうとカップを両手で受取る。このほんわかとした優しさが体を駆け巡っている感覚が好きだ。
「だからカフェラテいつも頼んでるの?暖かくなったら冷たいものを頼むの?」
初対面では敬語を使い、有馬が話すのを待ちながらゆっくりと話していたのに、すっかりタメ口になっている。多分こちらが素なのだろうから嬉しいけど。
それに今日の青さんはやけに食い気味で、いつもより質問が多く子供っぽくて新鮮だった。
「アイスコーヒーとかあるよ?」
「飲みませんよ。」
夏になればアイスコーヒーを飲むか、答えはノーだ。理由はなんとなく飲みたくないから。即答で出たには曖昧な理由に、首をかしげながらも有馬は微笑むだけでそれから何も言わなかった。
青さんも客に呼ばれ、有馬から離れる。
あの容姿から、青さん目当ての客も多く、キッチン志望なのに、接客に回されるのだとか。カフェに通って分かったことだ。また、彼が火曜日以外毎日ここで働いていて、3年ほど修行していたのだということも。
どうして、この店で働くのかと疑問に思っていると、有馬の言いたいことがわかったのか、店長に恩があるからだと教えてくれた。しかも、まだ学生で大きなところで働こうにも年齢的に無理らしい。てっきり二十歳を超えていると思っていたので、高校生と言われて初めは理解が追いつかなった。
「社会人だと思ってました。」
「・・・よくいわれる」
「って思ったのは最初だけで、基本幼いですよね。」
有馬が素直に告げると不貞腐れたので、失礼なことを言ったかと焦りすぐに謝ったけど、別にと、目を逸らすので気まずさでその日は早めに店を出た。
長らく人と会話をしてこなかったから、他人と話すことは体力を使い思った以上に疲れるものだった。いつもカフェから家に帰るとすぐにベッドに横になり、いつの間にか朝になる。
手首の切り傷はカサブタになっていて、新しい傷跡もない。母親が新しいパートナーを作ったことであまり家にいないこともあるが、カフェにいることが有馬の知らないところで大きな精神安定剤となっていた。
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