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59 消えるトラウマだってある
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「あの、サインください。」
登校一番。待っていたのは僕より背の高い男。髪は真っ赤に染まっていて、首元にはひし形のネックレス、耳たぶにはピアス穴がある。
目の前でスマホもぶら下げられていて、写真を撮りたいということも言われる。何に使うんだろうと考えて、僕の写真がネットにあげられて、説明欄に一晩どうですかと書かれる未来が見えたので断った。
さて、この人は誰だと頭の中で人物像を絞り出そうとするけど全く出てこない。知り合いというより、全くの初対面だ。
「有馬様。あのここに。」
様付けするこの男が差し出したのは色紙。恭しく頭を下げる姿にもはやどうすればいいのか分からない。とりあえず、このまま放っておくわけにはいかないから、その色紙を受け取り小さく有馬と色紙の端っこに名前を書いた。
「感動です。ありがとうございます。」
そう言って彼は鼻歌を歌いながら教室を出ていった。よく考えたら、あのサインも良くないことに使われたりするのかな。そう考えると落ち込んできて、安易に自分の名前を書いたことを後悔した。
「何を落ち込んでるんだね、君はー。」
どんよりとした空気を纏う僕に明るく背中を叩いたのは柳。イヤホンを鞄にしまいながら僕の前の席に座る。来栖がいないけど、トイレにでも行ってるのだろうか。
「知らない人にサインしてって言われて、色紙渡されたんだけど書かなきゃよかったって。」
「いいじゃないすか。何が不満なんすか。贅沢な悩みが羨ましいっすよ。」
僕が普通に過ごしていたら、ただの好意として受け取っていたのかもしれない。たらればなんてなんの意味もないけど考えてしまう。自分にないものが欲しいと思うから。
「素直に受け取れない捻くれ者だから、怖いの。」
「確かに捻くれ者だ。」
顔を下に向けた僕の頬に柳が手を向けたけど、靴箱で柳に叩かれた事が思い出され一瞬ビクッと体が震えてしまう。そんな僕に少し傷ついた顔をする柳は、伸ばした手を握りしめて引っ込ませた。
「ご・・・めん。怖いっすよね。」
いつも強気な柳は、近頃どこか儚さを含んで過ごしている。軽く叩いてしまえば壊れてしまいそうな危うい儚さ。あの日、僕達に本音を漏らしてからだ。
柳のことは怖くない。強がりとかそんなんじゃなくて本当に。でも、無意識でも体はあの日のことを覚えていて、申し訳ないと思っていても体から出る拒否反応に逆らえない。
柳の手をとり、自分の頬に近づけた。柳は、どこか痛そうな顔で顔を顰めているけど、大きな手の中で僕は頬擦りした。
「ふふ、あったかい。」
両手で柳の右手を包み、その中で駄々っ子みたいに撫でてもらっている。柳は段々と顔を緩めながら、親指ですりすりと目の下の頬をなぞった。
「・・・ありがと。」
「うん。」
僕も柳もあの日のことを忘れないんだろう。でもきっと、いつか気にすることもなくなる。あの日こんなことあったねって笑える日が来る。
だからちょっとずつ、僕ができることを。二人に返すと言ったことを少しずつ実行したい。
いつまでも柳と笑う僕を、来栖がどこか憂いの含んだ目で見ていたことをその時の僕は気づく由もなかった。
もはやどこから間違えたのかもわからない。この時には既に始まっていたのかもしれない。
これから起こる様々な困難に僕は悩まされることになる。
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