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その表情に完全に呆気にとられていたら、息を切らしながら真島は教室へ入ってきた。
「きょ、教室はね、さっきも来たんだよ。でっ…でも見つからなかったから…あっ、あと屋上も行ってね――」
なんか勝手に説明を始めた真島だが、ちょっと待て。
お前俺に怒ってたんじゃないのか。
全然息整ってないのに俺と会えたテンションからか、どもりながら必死に話をする真島はどう見てもいつもの真島だった。
俺ひょっとして、何か勘違いしてたんだろうか。
もしかしたらあの時真島は俺に気付いていなかったのか?
いやでも目ちゃんと合ってたし、アイツも人類最後の日みたいな顔してたよな。
「――それでね、特別棟に行ってからもう一度全教室回って…あ、あれ?高瀬くん?」
俺の表情にようやく気付いたらしい真島が、目をパチリと瞬かせる。
もう意味がわからん。
「お前…俺に怒ってねーの?」
真島が普通なら蒸し返す必要もなかったのかもしれないが、聞かずにはいられなかった。
「ええっ!?なっ…なんで?俺が高瀬くんに怒るわけないよっ。そんなこと絶対にありえない…っ」
「…だってお前あの時――」
言いながら真島に視線を逸らされた時のことを思い出す。
ズキリと突き刺すような胸の痛みに襲われた。
なんでこんなに痛いと思うんだ。
真島は俺の言いたいことを察したんだろう。
不意に慌てたようにブンブンと両手を振る。
「…あ、ち、違うんだ。違うっ…あの時は、俺頭真っ白になっちゃって」
「…は?」
「ご、ごめん。俺すごく酷いんだ。すごい最低で…っ」
「ちょ、お前何言ってんだ」
ワタワタとしながらまくし立てたと思ったら、急に息を詰まらせる。
いや俺と先輩ならまだしも、真島が最低なわけがない。
コイツの思考は相変わらず突拍子もなく、俺の予想の範疇に収まらない。
真島は苦しそうに一度唇を噛みしめてから、再び言葉を紡いだ。
「だ、だって…高瀬くんは俺に気にするなって言ってくれて、二人共実行委員だから一緒にいたっておかしくないのにっ…それなのに俺、二人が一緒に歩いてるの目にしたら、一秒だって見てられなくて――」
真島の表情が悲痛に歪む。
胸に手を当てて、痛みに耐えるように目を瞑る。
「俺は高瀬くんをすごくすごく大事にしたいのに。高瀬くんが大事にしてた人も、嫌いになりたくないのに…た、高瀬くんを独占したいとか贅沢なことばかり最近思っちゃって」
俺の中にわだかまっていた痛みが、じわりと溶かされるように消えていく。
代わりにその痛みは真島にいってしまったようで、その表情はどうしようもなく儚げだった。
「だ、誰にも触らせたくないんだ。誰とも話してほしくないし、誰にも見せたくない、そんな最低な考えばかり頭に浮かんで…こ、ここにいたらいけないって思って――」
真島はそう言って辛そうに息を吐き出す。
とんでもない独占欲の塊だ。
痛みを堪えるようにぎゅうと胸を掴んだ手は、小さく震えている。
俺はどうしたらコイツの痛みを取ってやれるんだろう。
コイツに、何をしてやれるんだろう。
「…もう分かったよ。俺も誤解して悪かった」
「た、高瀬くんは何も悪くないよ」
「いや、俺だってお前の気持ち疑ったし」
「――えっ?!」
真島が俺の言葉にまさか、と目を丸くする。
いやそんな心底驚いたみたいな顔で見つめられても。
「…俺はお前に無視されたと思ったんだよ。だからもう嫌われたかなって」
「き、嫌うなんて絶対ありえないよっ。俺こんなに高瀬くんのこと好きなのに…っ」
「あーもう、今は分かったよ。けど疑っちまったんだからしょうがねーだろ」
今になって思えば、本当になんで疑ったんだろうと笑えるレベルだ。
こんなに俺が好きだと毎回コイツは全身で訴えているのに、たった一つの行動であっさり信じられなくなるとか。
ゆっくりと西日が傾き、教室に薄闇がかかっていく。
群青色が重なる二つの影を見降ろして、俺はきゅっと唇を噛みしめた。
けどあの時は本当に、今までのことが一気に夢見みたいに思えてしまった。
まるでそれは甘ったるい魔法でも掛けられていたかのようで、目が覚めた時の反動は、酷く残酷だ。
ふわり、といい香りがした。
真島が突然、俺の前に跪いた。
サラリと揺れた髪の毛と、目を伏せた長い睫毛にハッと目を奪われる。
真島の衣装のマントが、やわらかくはためいて床に広がった。
「大好きだよ。俺の心も身体も、全て高瀬くんのものだから――」
――だからどうか、俺を信じて下さい。
そう言って流れるような綺麗な所作で、手の甲にキスをされた。
まるで本気でどこかの国の王子なんじゃないかと、思わず錯覚してしまいそうな自然な動作。
俺を見上げる視線はただひたすらに真っ直ぐで、その瞳は酷く熱を持って恋焦がれているように見えた。
「…バーカ。演劇はもう終わっただろ」
言ったら、ふふっと真島の唇が綺麗な半月を描く。
「お芝居じゃないよ。どうしたら俺の気持ちが届くかなって」
コイツは俺の気を引くためなら、ベッタベタな恥ずかしいことをやってのけて、歯の浮くようなセリフを惜しげもなく言う。
だがそれがコイツの見た目だと様になっているからムカつく。
あきれるほど情けないくせに、苦しいほど格好良い。
「…高瀬くん?」
言葉が出てこなかった。
俺は見惚れたように、ただ真島の姿を見降ろしていた。
頭の芯が麻痺するような、心臓の音だけがやけに大きく聞こえてくるような。
ああ、やばい。
真島に触りたい。
そう思った瞬間、足先から頭の先までぶわっと何か感情の波が駆け抜けるような感覚に陥る。
馬鹿みたいに心臓がバクバクいっていた。
コイツの見慣れない格好のせいなのか、ベッタベタなドラマみたいな台詞のせいなのか。
それとも真島が怒っていなかったと知って、酷く安心したからなのか。
理由なんて分からない。
ただ、顔が熱くて堪らない。
真島の目が大きく見開かれる。
驚いたように一度固まった後、すぐに立ち上がると俺に手を伸ばしてきた。
が、それは俺の頬に触れる寸でのところで止まる。
コクリと真島の喉が上下するのが見えた。
「…触るよ?」
俺の言いつけを守る忠犬は、酷く飢えたような瞳で俺を見下ろしていた。
それを知りながら、俺はコクリと小さく頷いた。
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