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気持ちを押し殺すように足を動かして、教室へ戻る。
だが教室に戻った先で、俺は身体を強張らせた。
夕日を含んだ細い栗色の髪が、さらりと風に揺れる。
誰もいない教室で、俺の机に指先を滑らせて佇むその姿は、酷く儚げだった。
硬直したまま教室に入れずにいたら、気付いたようにその視線が俺を目に止める。
「――高瀬くん」
名前を呼ばれた瞬間から、心臓が動き出したみたいだった。
ここ最近落ち着きはじめていた気持ちが、ぶわっと一気に込み上げるように呼び覚まされる。
「…連絡くれるっていったけど…俺もう待てなくて…。高瀬くんの気持ちが変わっちゃったらって――」
ごめんなさい、本当にごめんなさいと真島は謝る。
今にも涙が零れ落ちそうなほど真島の顔は寂しげで、それでも泣いてはいけないと必死に気を張っているように見えた。
その苦しげな表情が、また俺に突き刺さる。
こんな顔を見たくなかったから、ここ最近ずっと避けてきたというのに。
真島がなぜここで待っているのかという疑問も吹っ飛んで、俺は呆然とその顔を見つめて立ち尽くしていた。
教室に一步も入れず、その場所でただ真島の顔を見つめてしまう。
一人にしてくれ、と言った答えはもう出ている。
あとはそれを、真島に伝えるだけだ。
「…あ、悪い。遅くなって」
俺はぽつりと口を開く。
頭が上手く回らない。
「…か、考えてたんだけどさ、見つからなくて」
なぜか発した自分の声が震えていた。
俺は今、何を口走っているんだ。
「――え」
「どうやったら、お前と一緒にいてやれんのか…ずっと考えてたけど」
そうじゃない。
そうじゃなくてただ一言、別れると言えばいい。
だが久しぶりの真島の顔を見たら、余計な言葉が口から滑り落ちる。
「…どこにもないんだ。どうしても余計なことばっかり考えて――」
「――待って」
真島は焦ったように目の前に来ると、俺の手首を掴む。
廊下に突っ立ったままだった俺を引き寄せると、教室へ迎え入れて扉をピシャリと締めた。
そのまま俺を抱きしめる。
ふわりとした真島の香りがいっぱいになって、心臓が苦しいほどぎゅっと掴まれる。
真島は俺の身体を抱きしめたまま、脱力するように身体を床に落とした。
その重みで、俺も一緒に教室の扉を背にするように床に座り込む。
「…っ言わないで。お願いだから――」
抱きしめられた温もりは久々で、呆然と天井を見つめたまま俺は酷い自分の心臓の音を聞いていた。
「…もう考えなくていいからっ…。お願い、何も考えないで。前と一緒でいい、適当に一緒にいてくれればそれでいいから――っ」
必死に真島は俺に訴える。
抱きしめられているせいで、その表情は見えない。
「高瀬くんが誰と一緒に居てもいいし、もう妬かないからっ…。絶対触らないし…そばに居てくれるだけでいいんだ」
それは駄目だ。
間違いなくそれは、真島を苦しめる。
俺は真島と向き合いたいと決めた。
「大好きなんだっ…すごく、すごく大事なんだ。お願いだから、何も考えないで――」
首を振って、駄々を捏ねる子供みたいに真島が俺に縋り付く。
全てを終わらせる、たった一つの言葉が出てこなかった。
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