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翌日は朝から夕方までバイトだった。
俺のバイト先は個人が経営している喫茶店だったが、夏休みということもあってそこそこに繁盛している。
忙しなく動いていたが、昼過ぎに数人の女子グループが来店した。
「うーめのん」
不意にそのうちの一人に声を掛けられる。
え、誰。と思ったがとりあえず知ったかぶりしておく。
「おー、来てくれたんだ」
「うん。昨日言ってたから友達誘って来ちゃった」
ああ、言われてみれば昨日の合コンの子か。
瞬時に察して昨日の雑談を交えつつ、窓際の席に案内する。
少し雑談してから離れると、俺の知り合いだと気付いたマスターが気を利かせてデザートをサービスしてくれた。
高一の最初からずっとバイトしてるから、それなりにマスターは俺を可愛がってくれているらしい。
「わー、ありがとう」
嬉しそうな女の子たちの顔に心癒される。
やっぱり女の子は可愛い。
「ね、バイト終わったら何か予定ある?」
「え?特に無いけど」
「昨日あの後、明日も暇だったらカラオケ行こうって話になったのね。だからうめのんも来てよー」
うめのんいた方が楽しいし、と女子に上目遣いで念押しされれば悪い気はしない。
特に予定は無いと言ってしまったし、実際暇だから断る理由もない。
――いや、あった。
そういえば真島が昨日合コンの話をしたら、微妙にへこんでいたことを思い出した。
「…あー、でも終わるの遅いからやめとくわ」
「え、遅くても全然いいよ」
「いや女の子が遅いと危ねーだろ」
「えー、うめのん紳士なんだけどー。見えないー」
キャッキャッと騒がれる。
実際夕方には終わるし、断る理由として適当に言っただけだが茶化された。
というかバイト中だしそんなに話してられないんだが。
「遅くても高校生ならそこまでじゃないでしょ。連絡待ってるね」
そして強引に押し切られた。
まあ終わってから適当な理由つけて断ればいいかと考えて、俺は再び仕事に戻る。
忙しかったのもあり、少しの残業の後バイトが終了した。
いつも通りコンビニで飯を買って家へ帰る。
とりあえずシャワーを浴びてから、扇風機の前でぐったりと横になる。
今日は結構ハードで疲れた。
暑くて飯食うのもだるいし、このまま寝ようかなと目を閉じる。
相変わらずブーンとうるさい扇風機の音だけが耳につく。
やっぱり新しいの買ってきた方が良かったか。
でももう少ししたら、真島から電話が掛かってくる。
トクトクと少しずつ早くなる心臓の音を感じながら、ぼんやりとスマホを眺める。
――と、メッセが入った。
それは昼間の女子からだった。
バイト終わった?との通知にギクリとする。
そういやすっかり忘れてたな。
返信しようとしたのと同じタイミングで、今度は真島から電話がかかってきた。
ちょうどスマホを持っていた事もあり、俺は寝そべっていた身体をがばりと起こすと真島並の速度で電話を取る。
『高瀬くん』
ぶわっと熱が身体に広がっていく。
真島の声に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「…おう。お疲れ」
あっという間に早くなる心臓の音を感じながら、いつもどおり愛想のない返事をする。
『高瀬くん、ちゃんとご飯食べた?暑いから水分もとらないとダメだよ。バイト無理してない?』
「お前は子供が上京したてのオカンか」
一言目から安定の過保護っぷりだ。
確かに面倒だから飯いいやってなってたが。
『あっ…ごめんね。なんかちょっと声が疲れてる気がしたから――』
そう言われて思わずシャツを握りしめる。
疲れている時に好きな奴に心配されるのは、予想外に劇毒らしい。
隠していたものが暴かれたような気になって、なんだか無性に甘えたくなってしまう。
もうダメだから早く帰ってこいよって言いたくなる。
もし俺がそう言ったら、真島は間違いなくすぐに帰ってくるだろう。
「…何もねーよ。お前のほうが大丈夫かよ?」
いつもどおりの調子でそう返したら、真島はうっと息を飲む。
『お…俺はもうダメかも。会いたいよ。高瀬くんに会いたい。会って抱きしめて、たくさんキスしたい』
本気で死にそうな声で言われた。
正直すぎるその言葉に、どかっと身体が熱くなる。
コイツ周りに人がいるところで電話してねーだろうな。
「あ、アホ、落ち着け。ちゃんと勉強はしてんだろーな」
『…うん。行ったからにはやってるけど…』
「そっか、今日はどうだった?」
それからいつも通り、今日真島が見たもの、聞いたこと、感じたことの話を全部聞く。
話し終えたら、次は俺が話す。
だがたいして話していないうちに、同室に呼ばれたらしく真島の後ろから声がした。
「おい、呼ばれてね?」
『よ、呼ばれてないっ』
「いや呼ばれてんだろ」
むしろ後ろのやつ叫び始めてんじゃねーか。
これで呼ばれてないとかもうホラーなんだが。
「行ってやれ」
『でもまだ…高瀬くんのお話聞いてないのに…っ』
「明日二日分話してやるから」
『ぜ、絶対だよ。ちゃんと教えてね』
「おー」
絶対覚えてねーけどな。
とは言わないでおく。
名残惜しげに呻く真島との電話を切って、耳からスマホを離した。
あっという間だ。
本当にあっという間に、今日の真島との電話は終わってしまった。
そしてまた、元の静寂に戻る。
まだ耳に余韻が残る真島の声。
だけどそれはほんの一瞬で、熱くなった身体はすぐに冷えだしてしまう。
その後必ず訪れる、どうしようもない虚無感。
俺は立ち上がると、気を紛らわせようと窓から外を見上げた。
真っ暗な空には夏の大三角形が浮かんでいる。
俺はこんなんで大丈夫なんだろうか。
卒業後真島と別れたら、こんなのが当たり前の生活になる。
当然だが会えないどころか電話だってなくなる。
たった二週間程度会えないだけで押し潰されそうな気持ちになっているのに、俺は耐えられるんだろうか。
――寂しい。
真島がくれる愛情が酷く深くて大きすぎる分、いないと物凄く大きな穴がぽかりと胸に空いてしまったような気になる。
何か、紛らわせるものが必要だ。
アイツがいなくなった後も、気を紛らわせる何かが――。
そう思って、ふと気付く。
そう言えば誘われていたんだった。
俺はスマホを再び操作して、昼間の女子に返事をする。
こんな時間からだが家を出ることにした。
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