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始発の時間に合わせて、俺は礼を言って七海の家から出た。
まだ明け方だが空は白んで明るい。
鳴き始める蝉の声を聞きながら、アサガオが絡んだフェンス越しに線路脇の道を歩く。
まだ早いこの時間、辺りに人気はなく歩いているのは俺だけだった。
俺は朝の空気を一つ吸い込んで、深呼吸するように吐き出す。
それから眺めていたスマホの通話ボタンを押した。
『――高瀬くんっ』
さすがに寝てるし出ないだろうと思っていたのに、なぜかすぐに出た。
コイツもちゃんと寝てるんだろうか。
一日中スマホ眺めてるんじゃねーだろうな。
『ど、どうしたの。何かあった?』
こんな時間に電話したら、こんな過保護なやつが心配するのも当然だろう。
だけどどうしても声が聞きたかった。
いつの間にか弛んでいた涙腺から、自然と涙が零れ落ちる。
「ああ、悪い。なんでもないんだけど、声が聞きたくなってさ」
『えっ…えっ!?俺の?』
「他に誰がいるんだよ」
ふっと笑ってしまう。
泣いてるのに、笑えるなんてコイツは一体どんな感情を俺に教えてくれたんだ。
『…う、嬉しい。そっかぁ…そっか――』
真島が嬉しそうに言葉を噛み締めている。
すぐ耳元で聞こえる声が、酷く愛しい。
「お前寝てないの?」
『えっ、ね、寝たよ。でもその…』
「なに」
真島がまた、何か言い淀む。
顔が見えないからアイツが何を今思っているのかは、やっぱり分からない。
だけど何か言いたいことがあるんだろうというのは分かる。
「言えよ。言いたいことあんなら、ちゃんと話そうぜ」
昨日は中途半端な会話で終わったし。
会えない分そういうすれ違いがあると、余計にしんどくなる。
『…し、心配なんだ』
真島の言葉で、ああ、と察する。
もしかしたらと思っていたが、やっぱり友達と夜出歩いているのが嫌だったか。
七海が嫌だというくらいだから、真島なんかもっと嫌だろう。
俺が余計なことを考えずちゃんと家で我慢していれば、コイツに余計な心配かけさせなかっただろう。
『…さ、最近高瀬くんの声がね、電話する度に疲れていってる気がして…っ』
「――えっ?」
予想していた返答と少し違った。
てっきり妬いてるのかと思ってた。
『あ、あの…高瀬くん。俺には言わないけど、風邪引いたでしょ?今も少し鼻声だし』
「は?…あ、おお。そ、そうだな。夏風邪かな」
まさか泣きながら電話してるなんて、コイツには絶対言えない。
『や、やっぱり…っ。熱はない?つらいなら俺すぐに帰るからっ』
「は?いや、別に。全然大丈夫だから」
『し、心配なんだっ。高瀬くんの声が元気ないと…胸が押し潰されそうになる――』
切羽詰ったように言われて、思わず押し黙る。
真島は本気だった。
本気で俺を心配している。
『夜遊びに行くのも心配だけどね、高瀬くんが噓つきたくないからって、大丈夫だからって言ってくれたから信じてるんだよ。だけどどんどん声に元気がなくなっていくから…俺もうどうしようって――』
「いや…ごめん。それは気付かなかった」
俺そんな風に真島に思われていたのか。
たしかに最近は真島と電話すると後がつらくて、どこかそっけなくしてしまったのもある。
俺はひたすらに自分の事でいっぱいいっぱいで、真島が俺をどう思っているのか考えていなかった。
相変わらず予想の斜め上を行く返答に、どうしても涙が溢れ出る。
もう涙腺が壊れてしまったのかと思えるほど、俺は朝っぱらからグズグズだった。
真島か俺は。
一つ息を吐き出して、白んだ空から差し込み始めた朝の日差しに目を細める。
ただ、会いたい。
会いたいだけなんだ。
会って、お前に触れて、好きだって言いたい。
グスリと鼻を啜ったら、真島が慌てたようにまた息を詰める。
『も、もう夜は出歩いちゃダメだよ。バイトもお休みしたほうがいいよ』
「んー、そうだな。バイトは行くけど、でも夜は悪化しそうだからやめとくよ。心配してくれてありがとな」
『俺やっぱり帰るね。ちゃんと看病したい。美味しいもの作って、高瀬くんが寝るまでずっと側についてる。それで起きるまでずっと手を握ってるからね』
「なんだその絵に描いたような看病の仕方は」
プッと吹き出してしまう。
だけどもしそうしてくれたら、物凄く幸せな気持ちで満たされるんだろう。
寝て起きても真島がそばに居てくれたら、きっと寂しくなんてない。
「ともかく大丈夫だから。もしちゃんと勉強しないで帰ってきたら、もう口聞かねーからな」
『――えっ、えっ!?で、でもっ…』
デモデモダッテという真島と少し押し問答になる。
俺の体調のことだと、なかなか真島は譲らないらしい。
いつもなんでも言うこと聞くくせに、新たな一面を見れた気がしてすごく嬉しかった。
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