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しばらく泣き止まない貞男をなぜか俺が宥めて、二人で階段を降りる。
いつのまにか大分人はいなくなっていて、きっと後夜祭へ向かうためグラウンドにみんな出ているんだろう。
「…約束は守ってやる。だけど俺も卒業式までだ。それまでは奏志に告白しないでおいてやる」
「は?ふざけんな。約束が違う」
「嫌なら卒業後も奏志と付き合えばいい。俺はお前の言葉が全て正しいとは思わない」
「おい――」
反論しようとしたが、視界に入った人物に口を噤む。
「――高瀬くん!」
相変わらず嬉しそうな顔で俺を見つけると、真島はダッシュでこっちへ向かってくる。
貞男が泣き顔であることにハッとしたが、真島は俺しか見えてないようで目の前まで来ると俺の両手を取った。
だから一応人前なんだが。
真島はまたどこかタガが外れてしまっているらしい。
「じゃーな」
貞男がそう言って、フイと背を向ける。
「あれっ、ユキと…なんで一緒にいるの?」
「…ああ、いや。ちょっとそこで会って話してただけだよ」
「そっか。ならもう片付け終わってたし、ユキも一緒にキャンプファイヤー見に…」
「待て」
真島が貞男の背中に声を掛けようとしたから、咄嗟に制する。
やっぱり真島の中で、貞男の存在は大きいらしい。
いつもなら何も考えず俺とだけを過ごそうとする真島が、唯一気にかけようとする存在なんて他にいない。
「…お前と、二人がいい」
貞男じゃねーが、俺の出来る最大限のぶりっ子だ。
アイツに悪いなんて思ってやらない。
自分が貞男に対して酷い言葉を押し付けた自覚もある。
それでも俺は、真島を貞男に渡す気はこの先も一ミリだってなかった。
いくら最低と言われたって構わない。
俺は自分の好きな奴以外にまで気にかけてやれるような、そんな心優しい人間じゃない。
「……っ」
真島が息を飲む。
どうやら俺の言葉を真に受けて、硬直しながら見事に首まで真っ赤に染めている。
思った以上に効果があったらしいが、またコイツに少し期待をもたせてしまった。
「どうしよう…夢かな…本当に嬉しい」
頼むから俺が適当に言った言葉一つで、そんな幸せそうな顔しないでくれ。
ズキズキとまた心が痛んでいく。
グラウンドへ流れていく人の群れを見送りながら、俺達は校舎へ残る。
周りに完全に人気がなくなると、真島は俺の手をそっと握った。
真島との行先やらやりたことは、大体俺がいつも引っ張って決めていた気がする。
だが、たまにはコイツの行動のままにしてみようと思った。
手を引かれた先は俺の教室じゃなくて真島の教室で、特進科の教室なんか足を踏み入れたのは初めてだった。
だからといって何があるわけでもなくただの教室だが、パッと見てもだらしない普通科の教室とは違って小難しそうな本が綺麗に並べられている。
「どこがお前の席だっけ?」
「あ、えっとね、窓際の席」
ここだよ、と真島が指し示した場所にストンと勝手に座る。
繋いだままの手はそのままで、目の前にいる真島の顔を見上げたらなんか感動したような顔をしていた。
「…わあ、不思議な感じだなあ」
「俺も」
「いつもここでね、高瀬くんのこと考えてるんだよ」
「…勉強しろよ」
そうツッコんだら真島は恥ずかしそうにふふ、と笑う。
それから俺の視線に合わせるように、椅子の前に跪いた。
窓から差し込む夕日が真島の姿をオレンジ色に染め上げる。
繋いでいる手を両手で包み込まれて、優しい瞳が俺を見つめた。
「高瀬くん覚えてるかな。去年の後夜祭でね、初めて高瀬くんとキスしたんだよ」
「…覚えてるよ。てか忘れるわけねーだろ」
俺はあの時、初めて真島を好きなんだと意識した。
男とキスしちまった罪悪感もあったが、それでもあの時から俺の中で真島に対するいろんな事が変わっていった。
真島は俺の手を大事そうに握ったまま、一度目を伏せる。
手を握るだけで、他には何もしなかった。
「高瀬くんと付き合ってからね、一日一日が怖いほどあっという間なんだよ。すごく大事な時間なのに、あっという間に過ぎていっちゃう。きっとこうやって手を繋いでいる時間も、すぐに終わってしまう」
大事そうに真島が言葉を紡ぐ。
俺だって同じ気持ちだ。
真島と一緒にいる時間は本当にあっという間で、真島が触れてくれる時間も、本当は一言だって聞き逃したくない大事な言葉も、一瞬で終わってしまう。
真島は伏せていた目を一度閉じて、息を吐きだす。
夕日に煌めく細い髪の毛と、どこか憂いを帯びたその表情は、俺の思考を奪っていく。
ただ一つの絵画を見ているように、幻想的な光景だった。
「――高瀬くんは、もう決めているんだよね」
唐突に言われた言葉に、心臓が音を立てる。
それが何を指すのかなんて、とぼけるつもりはない。
「…決めてるよ」
言いたくない言葉だ。
鼻の奥がツンとして、すぐに泣きたくなってくる。
それでも俺は貞男を巻き込んだって、真島に隠し通すと決めた。
こんなところでグズグズになってどうする。
俺が堪えなければ、貞男が泣いてくれた意味もなくなってしまう。
「…お前もそろそろちゃんと考えないといけない時間なんじゃねーの」
そう言ったら、悲しげな瞳に見上げられる。
離れたくないと、ずっと一緒にいたいんだとその目が言っている。
だがそれは言葉に出さず飲み込むように、真島は視線を落とした。
それからもう一度俺を見上げた瞳は、何か意思の篭った視線だった。
「なら俺もね、覚悟するよ」
まさか真島からその言葉が出るとは思わなかった。
最後の最後までコイツはグダグダに別れたくないと縋ってくるものだと思ってた。
少し驚いたが、真島がそう決めてくれるなら越したことはない。
残りの時間でちゃんと俺への気持ちを整理して、卒業式に笑って別れられるのが一番の理想だ。
「そう…か。良かった」
それでも俺を忘れないでほしいという気持ちが、俺の心の内を酷くグズグズに蝕む。
だけどそれには見ないふりをして、俺は真島に微笑んだ。
堪えきれなかったんだろう。
真島の瞳から零れる涙が、頬を濡らしていく。
もう何度泣かせたか分からない。
苦しそうに唇を噛んで、真島は俺の腰を引き寄せる。
「…ごめんな」
好きになった相手が、真島で良かった。
真島がいつだって先に泣いてくれて、よかった。
「――高瀬くんは、笑っててね」
「…え?」
一頻り泣いた後、不意にぐしぐしと目を擦って、真島が俺を見上げる。
「大丈夫だよ。楽しいことだけ、考えててね」
真島が何を言ってるのか分からず小さく首を傾ける。
「俺、ちゃんと覚悟したからね。頑張るね」
「…お、おう」
コイツは本当に分かってるんだろうか。
だが真っ赤に腫らした目で真島は俺を見上げて、俺を安心させるようにふわりと微笑んだ。
「梅乃くん。大好きだよ」
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