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起きたら真島にせがまれてしっかりとキスマークの上書きをさせられた。
冬季合宿へと向かう真島を見送る気持ちは、夏の合宿の時とは違った。
夏は随分寂しかった思い出があったが、今は真島の受験が本気で差し迫っている事もあって、純粋に頑張れと思う気持ちでいっぱいだった。
真島に上書きしてもらったキスマークを撫でて、心の中で応援する。
俺に今出来ることは、本当にそれしかなかった。
「よう、まだバイトやってたんだ」
「おー。暇人かよ」
バイトしてたらヒビヤンが来た。
就職も決まってれば貯金もそこそこ貯まったし、真島になるべく時間合わせたいから今年いっぱいでバイトはやめようかなと思っていたが、結局3月まで続けることにした。
卒業式後、ぽっかり時間が空いてしまったらと思うと恐ろしくなってしまった。
どうせ見計らってきたんだろうが、バイトも終わりの時間だったからマスターの許可を得て一緒に飯を食うことにした。
とはいえ喫茶店だから軽食しかないが。
「そういやヒビヤンって進路どうすんの」
「えっ、今更?」
「いや就活してなかったから大学行くのかと思ってたけど、勉強してないし」
「俺専門だからな」
「あー」
なるほど。だからか。
納得してサンドイッチを頬張る。うまい。
「え?何の専門とかって話になんねーの?」
「別になんでもいいよ。それより彼女とはもう全く音沙汰なしかよ?」
「お前って奴は…。なんもねーよ。女って切り替え早くね?俺はもっと愛されていたかった…」
「あんなに凹んでたくせによく言うわ」
修学旅行の時のヒビヤンは本気で珍しかったなと思う。
あの時はお互い傷心してたから、俺も人のことは言えないが。
「で、お前は?結局どうすんの」
ナポリタンを口に入れて、モグモグしながらフォークを向けられる。
どうするもこうするも、俺は最初から迷ったりなんかしていない。
「別れるよ。高校と一緒に真島も卒業だな」
「ふーん。結局真島はお前の気持ちを変えられず…か」
「は?どこがだよ。変えられまくったっつの」
そもそも俺が男を好きになるとかありえねーんだよ。
あんな適当なノリから付き合って、まさか自分の心がここまで変えられてしまうなんて思わなかった。
真島に別れを告げる言葉の重みが、今と昔とじゃエライ違いだ。
「はぁ…お父さん心配」
「お前がいつ俺の親父になったんだよ」
「まあ卒業後に高瀬に構ってやりたいのは山々なんだけどさ」
「なんだよいきなり。構ってくれよ」
そう言ったらヒビヤンは少し驚いたように俺を見る。
なんだ。たまには下手に出たら悪いか。
「あまりにも素直でビックリした」
「茶化すな。で、何が山々?」
「ああ、俺卒業後実家帰るからさ。そっちの専門行くんだわ」
「そういやヒビヤン一人暮らしだったな」
ヒビヤンのアパートでみんなで勉強会したのは懐かしい思い出だ。
「実家どこ?隣の県とか?」
「北海道」
「――はっ?」
「まあ飛行機なら二時間掛からねーし、お前に構えないこともないか」
「いやちょっと待てよ」
衝撃の事実に思わずガタッと席を立ち上がる。
なんでそんな大事なこと黙ってたんだ。
「…いやまて、お前彼女中学からだろ。それってどういう…」
「東京に転校したんだよ。だから俺も高校は上京してみるかなーと軽いノリで」
「おい金持ちの発想やめろ」
「まー、結局性格合わなくて別れたけどな」
本当に軽すぎるノリで言うから唖然としてしまうが、一つの少女漫画完結出来るくらいのドラマ抱えてんじゃねーか。
呆気にとられていたが、ふと周りの視線を感じて慌てて席に座る。
「お涙頂戴な恋愛映画作れると思ったか?だが残念、その実それはただのきっかけで、俺の心境はただクソ田舎から抜け出したかっただけだからな」
「なんだそら」
「お前ら見てたらちょっと違うなって思い始めたって言っただろ。このままグダグダ付き合ってんのも彼女にわりーなと思ったわけよ」
「俺の誠実さがお前の心境を変えたと」
「最初の頃のクズっぷりを棚に上げてよくそんなセリフが言えたな」
さらっとクズ認定された。
よくそんな奴と友達になったなコイツは。
「…なあ高瀬、お前の言ってることも間違ってねーと俺は思うよ」
「なんだよ、いきなり」
「どんなに好きでもいつか覚めるかもしれないって話。ずっと好きでいられるなんて、確かに夢物語かもしれない」
ものすごい説得力だ。
いくら田舎から抜け出したかったとは言え、北海道からわざわざ一人で上京したコイツは、元カノのことを全く好きじゃなかったはずがない。
「それでも俺はお前に言った先入観で考えるなって言葉を訂正するつもりはない。結局の所、先のことなんか誰にも分かんねーんだよ」
「…少なくとも、真島が俺とずっと一緒にいるよりはアイツが幸せになるのは分かる」
「分からねーよ」
「分かる。…だって俺はアイツに見合うほどのモンを何も持ってない」
真島にとって俺は最初から最後まで、ずっと欠点以外の何者でもない。
真島のことを知れば知るほど、俺がアイツになにかしてあげたいと思えば思うほど、俺が真島に出来ることなんか何一つないんだと気付かされる。
「随分悲観的なこと言うじゃねーの」
「あんなキャーキャー言われるアイドルと一年半以上付き合ってりゃ、自分の価値が嫌でも分かんだよ」
ため息混じりにそう言ったら、ヒビヤンは肩を竦めてクスリと笑った。
「じゃあ逆はどうよ」
「え?」
「お前は真島と一緒にいられれば、この先幸せなのかよ」
「それは――」
じわりと心が緩む。
思わず視線を逸らして目を伏せる。
顔が熱くなっていく。
その通りだ。
俺は真島と一緒にいられれば、ずっと幸せだ。
結婚も子供もどうだっていい。真島がいればいい。
真島がいてさえくれれば、それでいいんだ。
「…高瀬が今思ってることは、昔のお前じゃ到底思えなかった事なんじゃねーの」
は、と目を見開く。
未来のことは分からない、と言ったヒビヤンの言葉が響き渡るようだった。
思わず視線を持ち上げたら、なんかドヤ顔されてて腹立った。
「ま、同じ分からないなら、俺は最初っから諦める未来より挑戦する未来のほうがいいと思ってるだけだよ。そう思ってこっち来たからさ」
そう言って俺の友人は相変わらず読めない笑顔をニシシと作る。
卒業式迫るこの時期に、俺の気持ちをわざわざ揺らすような事を言うのはやめてくれ。
「…あーあ」
俺はそう言ってテーブルの上に脱力する。
よしよし、とヒビヤンが頭を撫でてきた。
テーブルに顎を乗っけたまま、ヒビヤンをじとっと見上げる。
「寂しいんだけど」
「え?」
「ヒビヤンが北海道帰ったらつまんねー。どうしたらいいの俺」
少しむくれるようにしてそう言ったら、髪を撫でていた手がするりと俺の頬に滑り落ちる。
そのままあやすように優しく頬をくすぐられた。
「じゃあお前俺と一緒に来る?幸せにしてやるよ」
「その未来だけはないと分かる」
「ドヤ顔やめろ」
それにしても、マジで寂しい。
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