アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
179
-
雪は積もりたてで湿っけは無かったが、それでもさすがに普通の靴じゃ足先はあっという間に冷たくなっていく。
辺りはどんどん暗くなっていき、街灯がチカチカとつき始める。
道は線路沿いに遠くまで続いていたが、真島の姿はまだ見えなかった。
それでも真っ直ぐ、ただひたすら真っ直ぐに走った。
慣れない雪に足を取られて転んでも、息が切れて苦しくても、真っ直ぐに走り続けた。
どのくらい進んだだろう。
ひと駅超えて、誰もいない線路沿いを進んでいた。
足先の感覚なんてもうない。
いつの間にか真っ暗になってしまった夜道には、俺の息遣いと降り積もる雪の静けさだけが残っていた。
耳や鼻先も痛いほど冷たくて、フードはもう意味を成しているのか分からない。
それでも少しの雪除けにはなるかと被っていたが、いよいよぐっしょりと髪の毛まで凍ったような感覚がしてくる。
手は完全にかじかんで、ビリビリと痛みすら伴う。
だけどこんな寒さや痛みなんて、本当になんでもなかった。
ここしばらくの卒業式への恐怖と、真島に会えない痛みに比べたら、笑えるほど大したことじゃない。
それどころか俺は今、幸せだった。
真島と出会えて、こんなに嬉しい気持ちを、幸せな気持ちを知れて幸せだった。
人を好きになる尊さを初めて知った。
こんなに好きになる奴も好きになってくれる奴も、この先間違いなく現れないのは、もう明白だった。
きっと俺は今、最初で最後の恋をしている。
額から冷たい水が滴り落ちてきて、いよいよフードもダメになったらしい。
ならもういらないかとパサリとフードを落として前を向く。
心臓が、止まった。
遥か道の先に、人影が見えた。
どこにいても人を惹きつけるその姿を、かっこ悪いほどなりふり構わず全力で走ってくる姿を、俺が見間違えるはずがない。
「――真島!」
俺は珍しく声を荒げていた。
こんなに腹から声を出したのはいつぶりだろう。
いつも絶対先に気付いて俺の名を呼ぶ真島より、先に声を張り上げていた。
俺の声で気付いた真島が、もう全力だが更に全力で駆け抜けてくる。
近くまで来て気付いたが、なぜか泣いている。
なんでだ。
「――うわっ」
全力で走り寄ってきて、そのままの勢いで飛びつかれた。
当然体格差のある真島の身体を受け止めきれるはずもなく、思いっきり体重を掛けられて後ろに転ぶ。
だが雪のおかげで痛くはなかった。
というかなんだかんだ背中に回り込んだ真島の手が、俺を支えてくれていた。
身体が半分雪に埋まっていたが、それでもようやく辿り着いた温もりが、あっという間に全身に伝わっていく。
真島は震えていて、だがそれは寒さのせいというより涙のせいのようだった。
「…うっ、たか…っ。ごめ…さっ」
「…ああもう、お前なんでいきなり泣いてんの」
お互い抱き合いながら全力で肩で息をする。
真島はもう何言ってんだか要領を得ないレベルにグズグズ泣いていて、安定の泣き虫王子だった。
いつだったか泣き虫をやめると言った話は、マジでどこにいった。
「好き。大好きっ。大好き…っ」
身体を離し俺を見下ろした真島の目から、ぼろぼろと涙が落ちてくる。
鼻水まで一緒に落ちてきてんだろうなと思いながらも、俺はそのどうしようもない顔に堪らず笑いかける。
俺も真島が、大好きだ。
「愛してる…っ。あ、会いたかった…っ。た、高瀬くんに会いたくて…っ」
真っ赤な顔で必死に俺に訴える真島は、本当に受験勉強がつらかったんだろう。
きっと俺に会えることを楽しみにして、ずっとこの日まで頑張ってきた。
俺も真島を、愛してる。
こんな真っ直ぐな奴を愛しいと思わないわけがない。
人の顔見たら一瞬でボロ泣きするような奴を、愛さないわけがない。
いっぱいの愛情表現に俺も真島を見上げてどこか惚けてしまったが、さすがに身体に感じる雪の感触にこのままだとコイツに凍死させられると気付く。
「おい、冷たいんだけど」
「――えっ!わっ!」
そう言ったら慌てたように真島が俺を起こした。
このままだと雪の中で二人して遭難する。
「た、高瀬くん、ごめんなさい。ああ、どうしよう。こんなに冷たくなっちゃって…っ。本当にごめんなさい」
アワアワしながら両手を取られて、手袋をした手にぎゅっと冷たい手を暖められる。
まあ俺が雪を甘く見て軽装してるのが悪いだけだが。
「ばーか、これくらい何でもねーよ」
白い息と共にそう言って笑ったら、真島にもう一度抱き締められた。
それから真島は手袋を脱いで両方共俺にそれを付けて、自分のマフラーも外すと俺をそれでくるむ。
オカンかよというレベルで色んな所から出てきたカイロやらなにやらを全部俺に勝手に付ける。
コートまで脱ごうとしたから、おい、と制した。
「いやお前が寒いっつの」
「俺がしたいからいいんだよ。高瀬くんを大事にさせて」
心がギュッと強く掴まれる。
どうしてこうコイツは、どこまでも俺主体なんだろう。
与えられる愛情が俺にはもう当たり前に馴染みすぎて、そうかと納得してしまう。
ただしさすがにコートまで脱がれては困る。
そんな厚着したら逆に歩きづれーわ。
ならもうさっさと帰ろうと、俺達は二人手を繋いで家を目指す。
卒業式まで気付けばあと2週間だったが、今は真島が隣にいてくれることが何よりも嬉しかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
193 / 251