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きっとここから真島はぼろぼろ泣いて、俺に縋り付いてくる。
嫌だ、別れたくない、ごめんなさい、嫌だ、嫌だ。
そんな言葉を何度も何度も繰り返して、必死に別れたくないと言ってくる。
そうしてきたら怒らないで、全て言い終えるまで黙って聞いてやろう。
全部真島が言いたいこと言い終えるまで心を空っぽにして待ってよう。
それから真島が言い切った後に、もう一度同じ言葉を言ってやる。
嫌だと言っても、また話を聞いて同じ言葉を何度も言って聞かせよう。
俺の望む事を、最終的に真島が聞かないわけがない。
コイツは誰よりも、何よりも、俺の言葉を信じて疑わない奴だ。
「――高瀬くんは、やっぱりすごいなあ」
だが真島から返ってきた言葉は、俺の予想していたものとは全然違った。
「…え?」
思わず目を瞬かせる。
真島は泣いていなかった。
それどころかその表情が緩やかに微笑み、変わらぬ愛情に溢れた視線が返ってくる。
――なんで。
驚いてしまったのは俺の方で、ぽかんとその顔を見つめてしまう。
「高瀬くんは、やっぱりすごいよ…本当に。本当に、俺が思っていた通りの人だった。ううん、それ以上にすごい人だった」
「…お前、何言って…」
コイツ俺の話をちゃんと聞いてたんだろうか。
ショックすぎて頭おかしくなってんのか。
「…俺が出来ないことをね、俺が言えないことをやれる人。出会った時とやっぱり変わらない。…ずっと、ずっと高瀬くんは俺の憧れの人なんだよ」
そう言って慈しむように微笑まれる。
俺は愕然と真島の顔を見つめていた。
なんでだ。
どうして。
俺は何も間違ってないはずだ。
ちゃんと別れの言葉を伝えた。
なのにどうしてコイツは、笑っていられるんだ。
「な…なんでお前泣かねーの」
つい口からこぼれ出てしまった。
唖然とした俺の表情にすら、真島は優しく形の良い唇を緩める。
「泣かないよ」
「だってお前あんなに…」
「泣かない。今日だけは絶対に泣かないんだ」
真島は綺麗な笑みを湛えたまま、俺を見つめる。
「だって俺はね、今日の高瀬くんの言葉を、笑って聞いてあげられる覚悟をずっとしてきたんだよ」
――ドクリ、と心臓が震えた。
「高瀬くんがね、今日ずっとその言葉を言おうとしているのはちゃんと知ってたよ」
「…それは」
約束があったから、当然だ。
俺はだから、なるべく真島が傷つかないように、ずっと今日のための覚悟をさせてきた。
「…ごめんなさい。俺のせいで、高瀬くんに酷い言葉を言わせてる。言いたくない言葉を、たくさん言わせてしまって、本当にごめんなさい」
真島の言葉に、大きく目を見開く。
「俺には絶対に出来ないことを…言えないことを。代わりに言わせてしまって、全てやらせてしまって…本当にごめんなさい」
――ああ、コイツは。
「だから今日はね、高瀬くんが泣いていい日なんだよ」
いつから気付いてたんだろう。
いつから真島は、俺が我慢している事に気付いていたんだろう。
「俺はね、そのために今日この日まで、ずっと覚悟をしてきたんだよ」
真島はそう言って、優しく俺に微笑む。
いつから気付いていたんだ。
いつから真島は、俺の気持ちに気付いていたんだろう。
一体いつから――。
絶対に大泣きして縋ってくるはずの泣き虫王子は、もうどこにもいなかった。
「……っ」
困る。
――困るんだ。
真島が泣いてくれないと、困る。
真島が泣いてくれないと、誤魔化せなくなってしまう。
いつだって真島が泣くことで保ってきた覚悟が、崩れ去ってしまう。
吸い込んだ呼気がヒクリと揺れ、俺の喉を震わせる。
今日はちゃんと落ち着いていた。
ここまでうまくやってきた。
それでも真島の言葉で、一気に押し込めていた気持ちが溢れ出してしまう。
止められなかった。
真島が気付いてくれていた。
もう我慢する必要のなくなった涙が、次から次へと零れ落ちる。
「ごめんね、高瀬くん。…本当に、本当につらいことを言わせてしまってごめんなさい」
真島の手が、俺の頬に伸びる。
「長い間高瀬くんの気持ちに気付いてあげられなくて、本当にごめんなさい」
熱い指先が俺に触れて、幾筋も流れ落ちて止まらない雫をすくい取る。
「――俺を好きになってくれて、本当にありがとう」
ちゃんと、真島は知ってたんだ。
「…だ」
酷く自分の声が掠れていた。
吐き出した呼気すら震えていて、みっともなくて、涙が止まらない。
今までの真島のことを全部バカに出来ないほど、俺はどうしようもなくグズグズだった。
「…好きだ。好きなんだ」
言い出したら、もう止まらなかった。
ようやく口にできた言葉に、頭の神経が焼き切れそうな程の痺れが身体中を駆け巡る。
「好きだ。大好きなんだよ…っ。俺は…俺はずっとお前のことが好きで――」
真島はいつもこんな気持ちで俺に告白していたのか。
口にするだけで突き抜けていく、酷く甘ったるく狂おしい感情。
「…好きだ。真島が、好きなんだ――」
歪んだ視界で真島を捉える。
暖かな視線が俺をしっかりと捉えていて、伸びてきた両手に抱きしめられた。
力強いその手の感触に涙が止まらなかった。
必死に俺はその背中に縋り付く。
「好きだ…っ、好きだけど…ダメなんだ。俺達は男同士で…っ。お前の事を思ったら、俺は…俺はこの先も一緒にいるのが正しいと思えなくて――」
「…うん。高瀬くんが俺のためにたくさん考えてくれてたの、ちゃんと分かってるよ。大丈夫だよ。ずっと、ずっと我慢してくれてたんだよね」
「してた…っ。苦しくて、つらくて、ずっとお前に言おうと思ってた。本当は別れたくないんだ。別れたくないけど…っでも俺には最後までどうしても覚悟が出来なくて…っ」
「…うん、ちゃんと聞くよ。全部、高瀬くんの気持ち教えてね」
「お、お前の人生に…俺は必要ないんだ。本当に必要なくて…ど、どうしていいのかもう分からなくて…っ」
「大丈夫、大丈夫だからね。何も怖くないからね」
ガクガクと身体が震えていた。
真島に縋り付いて、俺は酷く滑稽だった。
別れたくないけど、別れたいんだと意味の分からないことを真島にぶつけていた。
今までの心の内を、全部、全部真島にぶつけていた。
真島は一粒の涙も流さずに、震える俺の背中を擦ってちゃんと話を聞いてくれた。
大丈夫だよ、と愛情がいっぱいの瞳で微笑んで、子供みたいにグズグズになっている俺の話を全部聞いてくれた。
真島の指先が安心させるように俺の涙を拭って、それでもどうしようもなく涙が止められない目蓋に唇を押し付けられる。
「…高瀬くん、不安なことがあるならね、二人で乗り越えていこう。怖いことがあるなら、怖くなくなるまで手を繋いでいよう。きっと大丈夫だよ。何も不安にならなくていいんだよ」
どこまでも暖かくて、俺の心を安心させるような声音が落ちてくる。
「高瀬くんが心配していることはね、これからは二人で一緒に考えていこう。二人で一緒にたくさん考えて、答えをだしていこう」
真島はそう言ってゆっくりと俺の身体を離す。
俺の頬を両手で愛おしげに一度包み込んでから、後を引くようにその指先が離れていく。
そして俺の前に、手が差し出される。
「――だから、高瀬くんの人生を俺にください」
完全にプロポーズだった。
真島の目は真剣で、これが俺に告げる最後だと言っている。
なぜなら真島は、俺をこれ以上苦しませたくないと思っている。
きっと断っても、真島が俺に縋り付いてくることはないだろう。
コイツはそのための覚悟を、ちゃんとしてきた。
これが最後の選択だと思った。
差し出された真島の手は俺と同様にもうガタガタと震え出していて、真島の気持ちが流れ込んでくる。
必死に涙を堪えているんだろう。
思い返したってどうしようもないほど情けなくて泣き虫だった真島が、一体今どれほどの我慢をしているんだろう。
今日この日、一番我慢して苦しい思いをするのは俺だと思っていた。
でも違った。
真島は最後、この日の痛みを俺と変わるためにずっと頑張ってくれていた。
一番つらくて怖くて、真島と高校生活を一緒にいると決めたあの日からずっと怯えてきたこの日を、真島が全部変わってくれた。
差し出された手のひらを見つめる。
――俺は、心を決めた。
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