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短編『高瀬家の母親』
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「しのぶー。おいで」
ミギャーと猫が嫌がってる声がする。
気まぐれにめちゃくちゃに猫を抱きしめるくせに、そのクセ突然飽きたようにポイッと放り投げる手法に猫ももう気付いているらしい。
数ヶ月前までは猫のことを『そうし』と呼んでいた。
その前は『よしはる』だったか。その前はアイドルの名前とかだったような。
どういうことかというとバカ母は猫をその時気に入っている男の名前で呼ぶ。
俺の家の猫はもともと捨て猫で、子供の頃にすぐに捨ててこいと言われたのを俺がグダグダ飼っていた。
いつ捨てるか分からないからずっと名前を付けていなくて、それがそのままアイツが猫を適当な名前で呼ぶ理由となった。
ちなみに俺はフツーに『ねこ』って呼んでる。
奏志が『ねこさん』って呼ぶのは『そうし』とも呼びたくないし『しのぶ』なんかもっと呼びたくないからだろう。
あ、ちなみにしのぶはヒビヤンの名前な。
数ヶ月前にうちに泊まりに来たヒビヤンが久しぶりに会った俺のバカ母に「相変わらず綺麗っすねー」とか適当なこと言ってからヒビヤンがお気に入りになったらしい。
猫に息子の友人の名前をことごとくつけんな。
「奏志ー、今日カルボナーラ食べたいー。絶対カルボナーラ」
「奏志に勝手に命令すんな。俺は唐揚げ食いてーんだよ。絶対唐揚げだ」
「ふふ、どっちも作るから喧嘩しないでね」
ニコニコと掃除機を掛けながら奏志が幸せそうに笑う。
今日はバカ母も休みらしく、日曜というせっかくの休日を邪魔されている気がしてならない。
「奏志がもーあと1年大人になったらうちのお店連れていけるのになー。超自慢するのにぃ」
「おい、息子の友人と同伴すんな」
「はぁ?あんたも連れてくに決まってんじゃん。二人も同伴したら手当てめっちゃでるしー」
「アホか。その分金使わされたら意味ねーだろ」
コイツは相変わらず抜けている。
ソファで寛ぎながら猫の頬をむにむに引っ張って弄り倒しているが、めちゃくちゃ嫌がられてんじゃねーか。
「でもね、梅乃は絶対連れてくんだ。一緒にいっぱいお酒飲んでー、ママに紹介すんの。夢だったんだよねー」
ふふふとバカ母が笑う。
これだけ聞いたら良いこと言ってそうだが、こいつの場合『俺が社会人になって金出せるようになったから』って意味だ。
人の金で絶対酒飲もうと思ってる。
「お…お母さんっ」
そして何故か奏志が感動している。
コイツもアホだろ。
「…それよりいい加減仕事やめろよ。俺も社会人になったしそろそろ昼間の仕事見つけろって」
俺が社会人になってから、もう何度も言っていることだ。
いくら童顔だなんだとスナックでちやほやされてるからって、もういい歳なんだし夜仕事行って客に合わせて酒呑んで朝帰りなんて生活はいつか絶対体壊す。
わざわざ夜の仕事なんてしなくたって今は俺が稼いでるし、昼間適当にパートでもして働けと思う。
ああ、ちなみに働かないのはダメだ。
奏志に家事させてコイツは日中をゴロゴロして過ごすとか絶対俺以上のクズになる。
「えー。今の仕事たのしーもん。お酒呑んでお金貰えるのちょー向いてるしー」
だがコイツはそう言って聞かない。
俺としてはこのバカ母の職を変えて、ついでにもうちょい金貯めて引っ越ししたい。
奏志の大学にも俺の会社にも近く、もう少し広い家に引っ越し出来ればなと一人で考えてる。
「あんたって誰に似たんだろうね。なんでそんなしっかり育ったの?」
「完全に反面教師だろ。それか父親似かもな」
父親知らんけど。
別に興味もないが適当にそう言ったら「あー」と納得したように言われた。
マジかよ。
「パパ女癖ちょー悪かったけどカッコよかったなぁ。私と話すといつもツッコミ役してたかもー」
今まで父親について一度も触れなかったが、ここにきて新事実が発覚した。
一度も触れてこなかったのは、子供心になんとなく聞く気になれなかっただけだ。
今こんな風に冗談交じりに聞けたのは、たぶん奏志がいることで俺の心に余裕があるからじゃないかと思う。
「…俺の父親ってそんな奴だったんだ?」
なんとなく気になって話を続けてみる。
奏志がハッとしたように掃除機を止めて部屋を出ていこうとしたから、ズボンの裾をキュッと掴む。
「うん…あれ?違ったっけ。あの人は違ったか。あれ、じゃあ大学の時の方だっけ。あれ、でもあっちはナンパで知り合っただけだったかなぁ…」
うーんと考え始めた姿にずるりと肩が落ちる。
やっぱりコイツアホだ。
「もうどーでもいいわ。奏志ー、メシ」
「うんっ。すぐ作るね」
「奏志ー、コーヒー持ってきて」
「はいっ。ちょっと待ってて下さいね」
「奏志を使うなっ」
「梅乃も使ってんじゃんっ」
「二人共喧嘩しないでね。ご飯作ってコーヒーもすぐ持ってくるからね」
高瀬家の母親はもう奏志な気がしてきた。
短編『高瀬家の母親』 完
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