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----side 真島『おはよう』
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夢じゃなかった。
ピリリリと鳴る目覚ましのスイッチを押して、ちゃんと朝が来たことをカーテンの隙間から差し込む日差しで知る。
というか正確には夢になったら怖すぎて、実は一睡もしていない。
あれ、ということはまだ夢かどうかの証明が出来てないことになるんだろうか。
けれど思い返しても記憶に鮮明な、高瀬くんの姿。
もう思い出すだけで心臓がドキドキして、ずっと興奮しっぱなしだった。
高瀬くんの言葉が、抱きしめた感触が、触れてくれた指先が…重なった唇が。
もうずっと頭の中をぐるぐるしていて、身体の熱が全く取れない。
会いたい。
早く高瀬くんに会いたい。
俺は飛び起きると、覚醒しっぱなしのテンションのまま、身支度をしてお弁当作りに入る。
昨日のうちに何を作るかは、もうノートにまとめておいた。
ちゃんと栄養バランスも考えて、だけど高瀬くんはお弁当代をいつも払ってくれるから、そこまで負担にならないように計算してある。
大好きな人のためにする料理はすごく楽しくて、それを許されていることが幸せで堪らない。
そろそろ高瀬くんが起きたかな、というタイミングで『おはよう』と俺はメッセを入れた。
毎朝送っていて返事が返ってきたことは一度もないけど、しばらくしてから見るとちゃんと既読とついてくれるから、それだけで今日も頑張ろうという気持ちになれる。
珍しくなかなか起きてこない兄と姉の分の朝食を用意してから、俺は意気揚々と家を出た。
真っ青に澄み渡る空はすごく気持ちよくて、駅までの道のりに水を撒いていたおばあちゃんに満面の笑顔で挨拶をする。
「あらまあ、若い時を思い出しちゃうわ」
うふふとどこか顔を赤らめて笑うおばあちゃんも、とても幸せそうな顔をしていた。
世界中が幸せで満ち溢れているんじゃないかと思えるほど、俺はすごく浮かれていた。
もしかしたら、後夜祭のジンクスのご利益はもう出ているのかもしれない。
クラスの女子の会話がコッソリ聞こえただけだったけど、本当の話だったんだ。
ああ、早く学校に行きたい。
あと数時間後には、高瀬くんに会える。
どうしようもなく気分が高揚して、視界に入るもの全てがキラキラ輝いて見える。
が、意気揚々と到着した学校で、俺は衝撃の事実に気付いた。
校門はガッチリと締め切られていた。
人一人通らない通学路。
そうだ。今日は日曜日で学校お休みだったんだ。
文化祭翌日ということで、部活までお休みだ。
ということは、今日は高瀬くんに会えない。
「……っ」
校門前で絶句して立ち尽くす。
あまりにもテンション上がっていたせいもあって、一気にどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
しかもよく考えたら月曜日は文化祭の振替休日で、つまり二日間も高瀬くんと会えないことになる。
さっきの絶好調からガラガラと音を立てるように、気持ちが真っ逆さまに転落してしまう。
なんだか昨日のことまで一気に夢みたいに思えてきてしまった。
この場所から動く事も出来なくなってしまって、呆然と立ち往生してしまう。
どれくらい経っただろう。
不意に携帯が音を立てて、俺は真っ白になっていた頭から現実に引き戻される。
ユキかな、と思って何気なくスマホを見る。
心臓が跳ね上がった。
『おはよう』
高瀬くんだった。
高瀬くんに送る朝の挨拶は今まで一度も返ってきたことないのに、初めての返信だった。
俺は泣きそうなほど感情が込み上げて、思わずスマホを抱きしめる。
なんで、どうして今日は返ってきたんだろう。
嬉しい。嬉しくて嬉しくて堪らない。
スマホをたかいたかいするみたいに両手で上にあげて喜んでいたら、車に轢かれそうになった。
危ない。ちゃんと周りは見ないと。
高瀬くんにも周りを適当にするなと怒られたじゃないか。
彼の言葉を無駄にしてはいけない。
来た道を引き返しながら、高瀬くんが送ってくれたメッセを口元を緩ませながら見返す。
完全に頭の中にお花畑が広がっていたけど、ふと一抹の不安が過ぎった。
いつもしない事をするということは、もしかして高瀬くんに何かあったんだろうか。
高瀬くんと連絡先を交換した日から欠かさず毎日送っているけど、一度だって返事はなかったのに、やっぱりおかしい。
そう思ったら、一気に身体が冷たくなっていく。
ひょっとしたら体調悪くなってしまって、寝込んでいて誰かの助けがほしいとか。
はたまた誰かに拉致されて、気付かれないように俺にSOSを送ってきたのか。
慌てて俺は高瀬くんに電話を掛ける。
なかなか出なかったけど、心臓をバクバクさせながらどうか無事でいてと必死に祈る。
『…んー、なに』
ようやく出てくれた高瀬くんの声は、いつもと違って重たげに掠れていた。
心臓が押しつぶされそうなほど、ぎゅうっと痛くなる。
ああ、やっぱりそうだ。体調が悪いんだ。
高瀬くんの家はお母さんがいないことが多いから、一人じゃきっと心細いはずだ。
「あ…っ、あのっ。何かほしいものある?俺今すぐ行くから――っ」
『…はぁ?』
「ね、熱はない?ああでも、動かないでっ。俺全部やるから…っ。大丈夫だからね。何も心配しなくていいから――」
言いながらもう走り出す。
高瀬くんは少しの無言の後、じゃあアイスと漫画の最新刊とシャンプーと猫のエサとお菓子とジュースを買ってこいと言った。
分かったと力強く言って、俺は全速力で日曜日の朝の街並みを走り抜けた。
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