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卒業式当日。
真っ青に澄み切った空と、一面に咲き乱れた桜の花びらが校舎を彩る。
雲ひとつ無い晴天で迎えた卒業式は、まさに門出を祝うには最高の日だった。
体育館での卒業式が始まり、最後の校歌斉唱やクラス委員長のみの卒業証書授与、在校生送辞が滞りなく進む。
『卒業生代表、真島奏志』
「――はい」
真島の透き通った低音ボイスが、体育館内に凛と響く。
式典中だと言うのに、各地で小さく悲鳴に似た黄色い声があがる。
学園のプリンスの最後の晴れ姿に、嗚咽をもらす声すら聞こえ始める。
真島は相変わらずの本番強さで、お手本のような立ち振舞のまま堂々たる姿で卒業生代表の答辞を述べる。
体育館の壇上から見下ろす真島の視線はずっと俺に向けられていて、柔らかく落ち着いた視線が俺を離さない。
俺も食い入るように真島を見上げていた。
真島のこの姿を見るのも、今日が最後だ。
もう何度も見慣れた姿なのに、俺の心臓はいつだって真島を見ると速くなった。
アイツは散々俺に好きだなんだと愛情を押し付けてきたが、結局最後の最後まで手を出してはこなかった。
手酷く抱かれようが何されようが構わなかったのに、何を言っても結局キス以上のことはしてこなかった。
いつだってぬいぐるみか何かと勘違いしてるんじゃないかと疑うほどの、力いっぱいの抱き締め方が大好きだった。
ガッチガチに緊張して俺に触れる、熱い手のひらの温度が愛しかった。
手のひらだけじゃない、声も、視線も、真島の全てに俺は恋焦がれていた。
答辞が終わり、真島が壇上から降りる。
もはや体育館内はアイドルのコンサートが終わる時のノリだ。
このままアンコールとか聞こえてくるんじゃねーだろうな。
答辞のアンコールとかいらん。
式歌斉唱も終わり、いよいよ卒業生退場となる。
三年間の学び舎を離れる寂しさなんてものは、特に俺にはなかった。
何か部活でもやってたらまた違ったんだろうか。
元々全力で何かを取り組む熱い奴でも俺はないし、まあこんなもんだろ、と周りが号泣する中クラスへと戻る。
教室で最後の担任の言葉やら、クラスメイト一人ひとりの挨拶やらを聞く。
もう涙でグズグズの教室内は、担任まで最後涙をもらして感動的な光景だった。
「泣いていいんだぞ」
「お前も泣けよ」
ヒビヤンとクラスの様子を眺めながら、二人で視線を交わす。
お互いカラッカラじゃねーか。
その後クラス内では打ち上げしようという流れになっていて、学校終了後の打ち上げ開催場所や時間を話し合ってから俺達は教室を出た。
ヒビヤンは卒業式後のその足で、実家に帰ってしまうらしい。
ヒビヤンが実家に帰ってしまうのは寂しいが、別にコイツとは最後の別れじゃない。
そのうちテキトーに会いたくなったらまた遊ぶだろ。
お互いにそんな気持ちだから、特に何の感動的な会話もなく「じゃーまたな」で終わった。
昇降口から外に出て、柔らかな日差しに目を細める。
校門前は生徒で既にごった返していて、最後の別れを惜しむ在校生や卒業生で溢れかえっている。
なんだかその光景を見ていたら、ふと去年を思い出した。
ミカ先輩を送る時に、あとちょうど一年、と思った日の事を。
あの時はまだ何も実感はなかった。
この日を迎える時の事を想像も出来なかった。
俺を送る在校生なんて特にいないだろうし、真島を見つけたら後で待っていることを伝えようと視線を配る。
「先輩!たーかーせ、先輩!」
七海だ。
そういや送ってくれそうな在校生いたな。
「さみしーですよっ。先輩に会えなくなっちゃうとか…っ」
「ああそう?別に一生会えないわけじゃねーし、たまには飯でも行こうぜ」
すんなりとそう言ったら、驚いたように七海が目を丸くする。
「――えっ!いきますいきますっ」
相変わらず子犬みたいに尻尾を振ってキラキラした笑顔で飛びついてきたので、飛びつかれる前にその顔面を抑える。
こんな純粋な笑顔を向けてはくるが、その実腹ん中はただの変態野郎だ。
それでも俺に唯一懐いてきた後輩であって、わりと悪い奴じゃない。
「あーあ、先輩。やっぱり俺のものになる気はないんですか?運命だと思ったのになあ」
「まだ言ってんのかよ。お前の運命の相手は俺じゃねーよ」
ちぇ、と子供みたいに七海は口を尖らせる。
『運命』とか発想が単細胞すぎんだろ。
そんなモンで心惹かれる乙女じゃ俺はねーんだよ。
そう思いながらも、口端を緩める。
だがまあこの困った後輩に、あえてその言葉を使って引導を渡してやるか。
「ま、俺の運命の相手は真島だからさ。ごめんな」
ニシシとそう言うと、七海は「あー!」と顔をしかめてノロケ禁止、と騒いでいた。
その後涙でズブズブになった貞男に絡まれて、なぜか俺が慰める。
もう何言ってんだか分からないくらい卒業式で感動したらしい貞男は「男と男の別れだっ」と意味分からん事を言いながら、ガシッと俺の首に手を回して泣いてきた。
最後まで鬱陶しい奴だな。
「はいはい、じゃー次会った時は飯でも奢ってくれ」
「おい待て、そこはお前が社会人なんだから奢れよ」
「細けーこと言うなって。男と男の友情を誓いあった仲だろ」
テキトーにそう言ったら、ウッと唇を噛み締めて再び抱きつかれた。
どうやら最終的に、一応俺のことを友達と認めてくれたらしい。
「――ダメだよ、ユキ」
不意に俺から引き剥がされていった暑苦しい体温。
身体に響き渡るような、心地良い声音。
は、と視線をあげる。
ざあっと爽やかな風が吹き抜け、桜の花びらが風に舞う。
優しく微笑んで俺を見つめる真島がいた。
心臓がドクリと音を立てる。
「そ、奏志っ」
真島に襟首を掴まれ猫みたいになった貞男が、アワアワと顔を赤くする。
「高瀬くん、ちょっと待っててね。ユキとお話がしたいんだ」
「おー、ゆっくりでいいよ。全部気が済んだ後でいいから」
「うん。ありがとう」
貞男が不安な瞳で一度俺を見たが、俺はニッコリ笑って「じゃーな」と貞男の頭を撫でてやった。
アイツはきっと、男と男の約束を破ったりはしない。
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