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「鳴海、これお隣に渡してきて」
夜、夕飯を食べようと下へ降りると、手にぶどうの入ったカゴを持つ母親にそう言われた。
こういうことは、日常茶飯事の出来事だった。
俺はめんどくさいなぁと思いつつ、ぶどうのカゴを手に持って、靴を履いてすぐ隣の家まで歩いた。
門の前にあるチャイムを一回鳴らし、鳴海です。と言うと、蓮と悠理の母親である美里さんが玄関から顔を出し、俺のところまでやってきた。
「鳴海くん、あら、これぶどうね。」
「こんばんは。はい、これは母が持ってけって」
「ありがとう。じゃあ、私も何かあげなきゃ」
ちょっと部屋に上がって待ってて。そう言う美里さんに促され、俺はお邪魔しま〜す、と言って蓮たちのいる家に上がった。
俺は一度リビングに入ると、少し辺りをきょろきょろと見てから、廊下にある階段を見た。
すると、
「蓮なら部屋にいるわよー」
キッチンの方でその様子を見ていたのだろう美里さんにそう言われて、俺は一瞬びくりとする。
あいつのとこ、…行っていいのかな。
俺は顔を少しだけ伏せて、立ち止まらせていた足を一歩前へと進ませた。
階段を上がって、左奥にある部屋の扉をコンコンと遠慮がちに軽く叩くと、はい、と言う低いあいつの声が聞こえた。
がちゃり…と扉を開けると、蓮は、ベッドの上に座って雑誌を手にしていた。
「…よ」
その内すぐにちらっとこちらを見る蓮の視線に捉われて、俺はそれだけ呟いた。
蓮は、俺からふっと目線を逸らして、ああ。と言った。
「今、ぶどう持ってきたんだ。お前、果物好きだろ」
「…ああ」
俺は笑って言った。
「昔、お前さ、フルーツ好きすぎてやばかったよな。桃とかメロンとか全部1人で平らげててさ、俺ほんと、あの時びっくりして…ーっ」
「話それだけ?」
しかし、突然聞こえた冷たい確かな彼の声に、俺は瞬時に体が凍るように固まって、声が出なくなった。
蓮は、…人気者。
「忙しいんだ。俺に今、雑談してる暇はない」
「…雑誌読んでるじゃ」
「勉強の休憩してただけ。もうこれから、またすぐ勉強だから」
蓮はそう言うと、顔を長い黒の前髪で隠すように下へと軽く伏せる。
蓮は、最初ここに俺が入った時のみしか、瞳に俺を映すことはなかった。
片足を立てて、肘を膝の上に乗せた蓮は、昔とずっと違って、男らしくて、そしてそこに、無邪気な笑顔なんてものは、1つも無かった。
昔の彼は、…ここにいない。
もう、どこにも。
「そ…っか。」
俺はそう呟きながら、静かに後ずさった。
勉強と言われてしまえば、俺はその邪魔をすることはできない。
蓮は、昔から男女問わず人気者で、モテて、…頭がいい。加えて、蓮たちの家は実は英才教育家で、蓮も悠理も、毎日塾に通ってる。
…加えて、今年蓮は、大学受験が迫ってる。それも、誰もが知る、超有名な国立大学。蓮と同い年の俺にも、大学受験が今年あるけれど、お世辞でも蓮のような頭のいい大学じゃない。
3つ下の悠理も、まだ中学3年生だというのに、俺の通う高校の勉強を解けてしまうくらいには、よほど頭がいい。
俺たちの家と、蓮の家は少しだけ違う。
そして俺には、…蓮は、届かない。
昔みたいに、俺に向かって満面の笑みを浮かべてくれていた蓮は、時が経ち、いつのまにかいなくなった。
「勉強、頑張れよ。」
幼馴染みの俺に言えることなんて、本当に、たったそれくらいだった。
だって、俺たちはただの、幼馴染みでしかないから。
「鳴海」
蓮の部屋を出ると、それを待ち構えたかのようにして、目の前に悠理が立っていた。
「悠理、…さっきはごめんな」
ぽん、と悠理の頭に手を置くと、俺は顔を伏せて笑って言った。
「え?」
「俺、自分勝手だよな。お前は俺の受験勉強の為に、…わざわざ時間、割いてくれてたのにさ。」
自嘲気味に笑ってそう言って階段を降りようとすると、悠理の何か言いかけたような言葉が聞こえて、後ろを振り返る。
「なに?」
だけど、悠理は何も言わなかった。
ただ、俺のことをじっと、その黒い瞳で見つめていた。
「じゃあな」
俺は悠理に向かって笑って手を上げ、階段を降りた。
美里さんから夕飯で今作ったという金平ごぼうを貰って、俺は、蓮の家を出た。
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