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猫事件 漆
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「なぁ、坂口」
またも抱き着かれたまま、奏はそういう。
今度はそんなに力強くはなかったので、奏は抱きしめられた両腕を振りほどこうとはしなかった。
坂口はグズグズになった顔を、奏の胸に押し込めるようにして抱きしめ続けている。
それをかれこれ無言で__まぁ、ぐすんっという音はあったが__10数分ほどやっている。
奏はそれを嫌とは思わなかった。
振りほどこうなんて思いは毛頭なく、むしろずっとこうされていたいなんて心のどこかで思っていたのかもしれない。
「ん、なに?」
顔をうずめたまま坂口は答えた。
その声は、泣いているような震えた声ではなく、いつものような元気な声に戻っていた。
坂口はそれでもなお顔をうずめているので、奏はなんとなく、それを自分よりずっと小さな子供のように思ってしまった。
「そういえばなんだけどさ」
奏には一つ疑問があった。
「あの猫の亡骸って、本物なの?」
坂口からいくらか情報は聞いていたものの、猫の種類や外見の特徴という、いたってありげなものしか奏の耳には入っていなかった。
しかもあの猫は頭しかきちんと残っていなかったのだ。
種類だってもしかしたら違うかもしれないし、脚などの特徴なんて比べようもなかった。
だいたいここら辺の猫なんて集めたら、同じようなのが10匹はいるだろう。
奏のその率直な疑問に、坂口はピクリと肩を震わせた。
坂口にもそういえば見せていなかった。
ただ、猫の情報を電話で伝えただけだった。
そういえば、この依頼を受けると決めたとき、坂口が「写真を見せてもらったんだけど」と初めに言っていたのを思い出す。
一番初めに坂口に、その亡骸の姿を見せておけばよかったと、奏は心底公開する。
なんてことをしてしまったのだろうと、今頃思ってももう遅いかもしれないが__。
「まぁ、大丈夫、なんじゃないか?」
坂口はようやく甘えるのをやめたのか、顔を離してそういった。
坂口は本来結構ポジティブな性格をしているので、そういうのも当たり前なのだが、今という今はこの性格がうらやましく思えた。
「だって本人あんなに大事そうに受け取ってたのに、今更違うかもなんて言ったら、血相変えて襲い掛かってくるかもしれないじゃん」
「奏ったら、被害妄想が激しいよ」
意外と本気でそう思っていたのだが、坂口からはそんな半分笑った返事しか返ってこなかった。
だって、いつも笑っていて、あまり怒らない人が怒ると怖いのだ。
優しいおばあさんといつもキレてるおじいさんが本気で喧嘩したら、多分勝つのはおばあさんだろう。
「激しくないもん」
「奏かわいい」
「なんか言った?」
「いえいえ」
なんとなくからかってきたので、奏もからかって返してやった。
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