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坂口と奏 肆
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「余命__?」
奏が不思議そうな顔をして聞いてきた。
__そうだった、奏は記憶喪失だったんだ!!
坂口の知能にも、まだ幼さが残っていたので、子供っぽくそんなことを思った。
奏が記憶喪失、ということは、出会った時からわかっていた。
家に連れ帰ってから、「ここはどこ、俺は誰?」ときいてきたのだから。
定番の、記憶喪失を舞台にした作品に、よくありそうな言葉だった。
現実味のなさといったら、目の前でドラマを撮影しているのか、と思うくらいだった。
だから、坂口は疑ったのだ、「本当にお前は何も知らないのか?」、と。
それでも、奏は何も言いださず、ついには泣き出してしまった。
だから、その時坂口は、奏の震える背中を、優しくなでてやったのだ。
大体同じくらいの背中が、やけに小さく見えて、だからそれを護ってやりたいと、護ることが自分の使命なんだと、そう強く思った。
だから、自分にとっていい知識ばかりを植え付けた。
だから、自分を裏切らないような人に育てた。
だから、だから__。
__奏は、普通の知識があまり備わっちゃいないんだよ…。
坂口は、小声でそっと「あと生きられる年月のことだよ」と囁いた。
奏はその意味が分かったことが嬉しかったらしく、表情を明るくした。
が、そしておばさんの言っていたことの意味が分かったらしく、しゅん、と表情を曇らせた。
「ごめんなさい、こんなこと聞いちゃって」
奏の声音は低くて、震えていた。
表情を見なくても、それが泣きそうだということが瞬時にわかってしまう。
護りたいが、守れない。
思いだけじゃ何にもならないんだと、まだ幼い坂口は知ってしまう。
「いいえ、こっちこそ、ごめんなさいね」
それに気づいたおばさんが、「ほらほら涙を拭いて」と急かすものだから、奏はうんと頷きながら右腕で涙をぬぐった。
__俺が守りたかったのに__!
まるで親子のような、そんな温かい雰囲気をまとっていた。
しかし、その隣で、全く違う感情を、坂口は巻き上がらせていたのだ。
__にくい、にくいにくい!!!!
その漢字もわからぬまま、その言葉を心の中で連呼し続けた。
これが嫉妬だ、と、気づいたのはいつだったか。
しかし、それはまた後の話__。
いつの間にか鬼のように怖くなった顔面が、その色をさらに濃くしていった。
それはさらに、奏への独占欲を増加させていって、気づかぬうちに坂口を蝕み始めた。
けれども、坂口はいつでも『今を生きる人間』なのだから、そんなことは通用しなかった。
__奏は俺のもんだ!!
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