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坂口と奏 伍
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「じゃ、そろそろいこっか」
泣き止んだ奏の右手を強く握って、引くようにしながらそう言った。
まだその目は充血していたが、本人の声が普通に戻っていたので、そのまま引いていった。
奏が、本当はまだ、泣いていた時の気分とさほど変わらないのに、強がって元気になったふりをしているのを、坂口はわかっていた。
それを知っていたうえで手を引いていた。
奏の優しさに甘えていたのはこのころからだった。
ずっとそうだ、今までも、これからも。
絶対に、奏の作る、優しさという名の隙に付け込んで、自分を許してもらおうとしてしまう。
そしてそのままずっと寄生するように隣に居座り続けるだろう__。
「またやってたら、来てね」
おばさんはもう前へと歩き始めている二人に声をかけた。
二人は一瞬立ち止まると、「うん」と後ろを振り返らずに返事をして、また歩き出した。
それを言ったのは、坂口だったのか奏だったのか、それはよく覚えていない。
なぜなら、坂口は奏に対してしか興味がなかったのだから。
「ねぇ、奏」
まだ夕日は沈んでいないが、東の空はもう暗くなり始めていた。
そこを歩く、まだ幼さの残る二人。
夕日に向かって歩く坂口は、ふと、奏に問いかけた。
「俺がもしさ、ヤクザの跡を継いでさ、強大な力を手に入れたとするよ?」
奏が何を考えているのかはわからないが、きちんと相槌はうってきたので聞いているようだった。
ただ、その表情が見えなかった、だけ。
だから、そのまま続けることにした。
「そしたらさ、世界は思い通りにならないかもしれないけどさ、あのお店は買えるかな?」
「買えるよ、きっと__。
でも、あの味にはならないよ」
坂口は自分の目じりに何か熱いものが溜まっていくのを感じていた。
だが、真摯に受け止めて、「そうだよね」と相槌を打った。
少しでも余裕があるふりをして、強がろうとした。
「じゃあさ、一人に人間をさ、別に心までって強がったりはしないから、自分のものにはできないのかな?」
「それは__」
奏が一瞬言葉に詰まった。
坂口があまりにも真剣だったからだろうか、奏ではないから坂口には分からない。
「体だけだったら、自分のものにはできると思うよ」
「だよね__」
「でもさ」
その会話を終わらせようとしたが、奏が間に口をはさんだ。
「体が自分のものになったって、心は決して自分には向いてはくれないよ。
そんなの、虚しくなるだけだよ、悲しいだけだよ、そんなの、切ないよ__」
__奏は、本当にいい子だ…。
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