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情報 肆
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と、何を思ったのか__その思いは坂口にはまあまあ分かりきっていたのだが__マスターはアオイの背中に腕を回し、抱きしめた。
アオイの、先ほどまで濡れていた瞳は、大きく見開かれ、驚きを隠せていないようで瞬きを繰り返している。
「アオイ、傷つけてしまって、本当にごめんなさい」
マスターは優しく、それでいて強く、アオイを包み込む。
身長差もあって、アオイの体はマスターに全て包まれていた。
アオイはその言葉を聞いた途端、愛しさに溺れるかのように顔を赤く熟れさせると、「いいえ」と、心の底から幸せそうに、にこやかに言った。
それを聞いたマスターも、また、微笑んだ。
__本当、魔性だ。
こんなの、俺にとっては目の毒だ。
__誰も幸せにできない、俺たちの関係とは正反対だ。
胸に苦しさを覚え、坂口は目をそらす。
奏を、あの時傍にいて守っていたら、今頃こうなっていた可能性もあるのではないか、なんて、浅はかで欲深い考えを、思い浮かべずにはいられなかった。
何も見ていないような、焦点の合っていないような、そんな目を、見なくて済んだのではないのだろうか。
考えたくないと心の中で首を振っても、どんどんうぬぼれた思考が湧いて出る。
「あなたを、傷つけたくないんです。
でも、先ほどは、心より、体の傷を優先して心配してしまった。
あなたが、私にもっと関わったら、誰かに傷つけられてしまうかもしれないから__。
だって、アオイは優しいから、誰のことも傷つけられないでしょう?
たとえ自分がどんな状況に陥ってしまったとしても、自分の命を投げ売ろうとしてしまうでしょう?
殺されてしまうのかもしれないんですよ?
僕はアオイに、傷ついて欲しくないんです。
__愛している人が、ほかの人に傷つけられるほど、悲しいことはないでしょう。
そんなこと、あってはいけないでしょう」
マスターが敬語口調になっているときは、いつも本気で向き合っている時だ。
こんな職業だから女性などは口だけで大概あしらうのだと、何年か前に訊いたことがある。
いつもの口調は、言わば『マスター』をかたどるファッションなのだと。
だから、今のマスターはありのままのマスターなのだ。
坂口でさえあまり見たことのない、ありのままの。
マスターは、途中からアオイのふさふさの髪に顔をうずめてしまった。
その表情は見えなかったが、段々声音が震えていったので、おそらく泣いているのだろう。
それにいち早く気づいたアオイは、優しく手をマスターの肩において、そっと撫でた。
「そうだったんですね。
__でも、僕だってマスターを護りたいです。
護られてるだけじゃなくって、せめて、マスターの力になれる存在になりたいんです。
足は引っ張らないように、努めますから。
それでも、だめですか?」
アオイは、マスターがすべて思った通りの人間ではないようだ。
その証拠に、今、訊き返す力がある。
小首をかしげるような仕草をすると、マスターがようやく顔を上げた。
そしてまた、いつも通りに無理やり戻すような声音で、「いいえ、だめじゃありませんよ」と優しく返した。
「あなたがいるだけで、僕は力なんて有り余るほどもらえるんですから。
もう十分力になってますよ。
__では、約束です。
決して、誰にも傷つけられないと、誓ってはくれませんか?
殺されないと、僕のそばに一生いると」
マスターは左手をアオイの目の前に差し出す。
アオイは、一瞬恥ずかしそうに眼をそらしてから、向き直る。
「勿論、誓いますよ、マスター」
そして、その左手の、薬指に、優しくキスを落とした。
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