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1 宛城 凪
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積み重ねてきた時間というのは案外呆気なく崩れるものだ。ショートケーキを作るのに時間は沢山かかるけど、食べようとフォークを差し込めばすぐに壊れてしまうように。
大学1年生の春、一目惚れした須曽 八尋(すそ やひろ) に告白し、1年半ほど付き合ったが先日振られてしまった。理由は単純。好きになれなかったから。
目の前でそんな言葉を言われて平気でいられるはずもなく、両想いだと信じて疑わなかった自分は随分と酷い言葉を言い残してその場を去ってしまった。
それから元恋人を忘れようと酒を飲みまくり、友人に心配されては大丈夫とフラフラになりながら顔に口を近づけ、「キスをしよう」とせがむ。
嫌な顔で思い切り遠ざけられるが、冗談だと思ってくれているからかその態度は温厚だ。もちろん、恋人である須曽のことは誰にも話していない。せいぜいちょっと仲の良い友人と思われているぐらい。
こうなることを予想していなかったのかと問われれば確かに、俺のことを好きじゃないだろうサインはいくつか感じていた。殴られたり、何度も金を貸して欲しいと言われたし、セックスだって優しくしてもらったことなんてない。金は帰ってこないし、セックスだってむこうがイったら終わり。二度目も来ないまま終了。夢だって見る間もなく疲れて深く眠る。
だけど、1ヶ月に一度ほど、俺のことを大切にしてくれる日がある。毎月22日。この日だけはドロドロに甘やかされて、抱きしめられる。離れたいのに、離れられない。
「宛城(えんじょう)?飲み過ぎだ、どこ見てんだよ。」
「あ?あぁ。ごめん、吐きそうだから帰るわ。」
どこか遠くを見つめ、放心する俺を心配する友人に帰ることを告げ、店を出た。だめだ、飲んで忘れようなんてそんな都合のいい話があるわけがない。思い出すのは恋人のこと。あれもこれも、どこにだって彼の記憶が落ちてる。拾いすぎたら零れてしまうのに。案の定視界は涙で歪んでしまって、頬には夜のネオンで反射する光。
無理、無理だ。生きていけない。俺はあんたみたいに強くない。
「おーい!宛城。」
駆けてきたのは先ほど隣で俺にキスされそうになっていた友人の海老名 真澄(えびな ますみ)。
「海老名、どうした?」
泣き顔を見られたくなくて、必死に涙を拭き取り平気な振りをした。
「これ、忘れてんぞ。俺も帰るからさ、一緒に帰ろう。」
渡されたのはマフラーで、これは須曽に貰ったもの。辛いから思い出と一緒に置いてきたのに。
呆気なく帰ってきたそれを首に巻き、もういっそこのマフラーで首吊って死のうかななんて考えた。まぁ、多分しないだろうけど死ぬ時にこいつと一緒に死ぬのも悪くはないかもしれない。
海老名と別れ、家に帰るとさっきまで笑っていた自分が急速に別のものに変化していくのを感じる。何にもない空っぽの自分。
恋人は、ずっと1人で生きてきた俺の、たった一つの守りたいものだったのに。
寝室に行き、ベッドと、一つの引き出ししかない部屋でベッドに腰掛ける。引き出しの一番上から睡眠薬を取り出し、錠剤の全てを手に出した。不眠症だから持っていたものだけど。
「好きだったよ、八尋。」
首に巻かれたマフラーを取ることはなく、手にある大量の錠剤を飲み込んだ。
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