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一曲歌い終えるごとに、母親はパチパチと手を叩いて瞳を細める。小さな子供の褒め方だ。
白摩は自分が舐められているみたいで好きではなかったけれど、喜びを表しているのだからと怒鳴るのを思い留める。
「ねぇ、今度は…。」
母親は、次々に曲を頼んでくる。白摩は全てのリクエストに答える。歌っている内に日が暮れ、面会時間が来る。いつしか母親は、息子の去り際に『また明日』と声をかけるのが習慣になっていた。息子は出入り口付近に佇み、彼女の方を向きもせずに手をおざなりに左右に振って、『気が向いたら』と曖昧に答える。
気が付けば、暦は四月上旬になっている。温かい風が辺りに吹き始め、時折それなりに上手になった鶯の声が聞こえてくる。
その日の朝。白摩は自宅から病院までの道にある空き地の桜が、見事に咲いているのを認めて足を止めた。近所の家の老人にわけを説明し、剪定鋏を貸してもらい、桜から一本、梢をもらう。母親への贈り物にしようと、小さな梢を手に病室に向かった。
だから、普段より病室に入るのが数分遅れた。病室の扉を開いた白摩は、数秒後に桜の梢を足元に落とした。母親が、ベッドの上でもがき苦しんでいた。
掛け布団を血管が浮くほど強く掴んでいる母親の手を握り、白摩は空いた手でナースコールを探し当てる。ややあって、看護師や医師がやって来る。…病室の出入り口にあった小さな桜の梢は複数の足に詰られ、あっという間に原型を留めない屑と化した。
「…ババア、おい、ババア!!」
目頭にこみ上げる熱いものを感じながら、白摩は手を握った母を懸命に呼んだ。母親は玉の汗が浮かんだ顔で、虚ろな双眸を息子に向ける。
「…くん、しゅんたくん…??そこにいるの、春太君…。」
ああ、春太。母親がふわりと笑う。顔面の筋肉一つ動かすのも、辛い状態であろうにも関わらず。
「ママはね、あなたのことが大好きよ。いつだって、愛していた。」
「…お、れ…。」
も、と言いかけて、白摩は下唇を前歯で思いっきり噛む。息子の瞳には、涙が淵ぎりぎりに競り上がっていた。
「…おれは、お前なんか大っ嫌いだよ、バァァァカッ!!」
隣にいた看護師が、えっという顔でこちらを向いたがかまうものか。白摩は続ける。
「お前が他の男と一緒にいたところ見た時から、大嫌いだった。それから今まで一度も、お前を愛したことなんてないから。親だと思ったこともないから。大嫌いだからな。俺は、お前なんかこれっぽっちも好きじゃないから。」
だから、と唾を飲み込み、白摩は叫ぶ。
「俺がお前を親として好きって思うまで、死…っ」
死ぬな、の声は、母親には届かない。ふっと、彼女の瞼が閉じ、握っていた腕から力が抜けていく。言い終える前に、ベッド横に置かれていた心電図がピーという無機質な音をたてる。
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