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隣県の老人ホームに戻った白摩は、手続きを終え、女性職員に従って父親の部屋に入る。直に部屋に入るのは、これが初めてだ。手の開閉を繰り返す。…全身緊張していて、手の筋肉はガチガチに強ばっていた。
父親は目を閉じて、眠っていた。白摩は付近の丸椅子に腰掛け、彼を黙って眺める。ある程度緊張が解れてくると、部屋を見渡す。大きい。認知症は心理的な状態も症状と密接に関わってくるからか、日当たりの良い部屋だった。
キョロキョロしていると、父親が唸り出す。どうしたのか、と目を戻すと、父親は半目のまま、口を開く。
「…どなた??」
ずくん、と胸が重い石を無理矢理入れられたように痛んだ。一瞬、奥歯を噛み締めて、白摩は答える。
「…新しく来ました、あなたのカウンセラーを担当する小林です。」
「かうんせら??…かうんせら言うのは、どういう人??」
「患者さんとお話しながら、心の不安を取り除くお仕事です。白摩さん、何か不安なことはありませんか??」
口から出まかせを言いながら、白摩の心は乱れっぱなしだった。自分が捨てた父親に対して誰、と言われる日が来るとは思ってもみなかった。
別人として父親と接するのがいいのかどうかは、定かではない。職員にも相談せずにした、白摩の提案だった。…自分は父親にとって、マイナスの存在である。下手をすると、よくない感情を思い出された挙句疎まれ部屋から締め出されてしまうかもしれない。…ならば、大きくなった自分と父親とで新たな関係を築いてみてはどうかと考えたのだ。もし、混乱を招くようであれば、嘘だと素直に打ち明けて一端距離を置くつもりではあった。
「不安なことは、あんまりないかなぁ。…ところで、かうんせらの先生、若いな。幾つ??」
「二十三です。」
「若いなぁ。あの~…なんて言っていたかなぁ。短い茶髪の姉ちゃんの幾つ下??」
誰かと訊くと、名前は思い出せないものの、とにかくここの職員で一番若い女性職員らしい。ふと、自分が男なのを棚に上げ、白摩は『幾つになっても、男は女が好きだよな…』と考えた。
なぁ、と落ち窪んだ目で促され、焦って答える。
「…あ。私は新任でして。まだ、職員全員の方に自己紹介をしたわけではないので。」
「ほぉ。新しく来たんかい。」
「はい。」
会話が一段落すると、父親はすっと目を閉じて、やがて寝息をたて出す。見回りにやって来た若い男性職員に訊くと、どうやら始終こんな感じで少し話すと寝てしまうらしい。
乱れた布団をかけ直しながら、職員が話し出す。
「…一見すると、苦痛はないように思われがちですが。身体は確実に病に蝕まれているんですよ。だから、起きて会話するだけでかなり重労働なんです。」
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