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「そうかなぁ…。」
父親の言葉に大きく首肯し、白摩は食事を勢いよく掻き込む。噛むほど、情動は大きくなる。
「…おふくろの飯、もっと食べてやればよかった。美味しいって褒めてやったらよかった。ありがとうって、今日の服はなんか似合うなって…。」
ありきたりな言葉でよかった。愛しているなんて、大げさな告白をしなくったってきちんと伝えられたのだ。
「入院している時に、乾いていた肌にハンドクリームを一回でも塗ってあげればよかった。もっと一緒にいたらよかった。話してあげればよかった。」
「…最期、お母さんと一緒にいてあげた??」
父親に問いかけられ、白摩はやっとの思いで頷く。脳裏に、何度思い出しても鮮やかな母の最期が浮かび上がってくる。
「…立派な親孝行やね。」
父親に言われ、息子は静かに嗚咽を漏らし出す。母との思い出が、胸に幾つも過る。小学校の呼び出しを受けた帰り。縋るように手を繋いでいた母親。彼女はあの時、一体何を考えていたのだろう。母親は息子の良心を確かめていたのだろうか。それとも、息子が迷子にならないように先に進む道を導いてくれていたのだろうか。
今となっては、わからない。面と向かって訊く機会は、両手に数え切れないほど存在していたというのに、だ。
父親の最期をしっかりと看取るのが、母親への贖罪に思えてきた。だけれど、きっと違う。罪滅ぼしをしたいのは息子の心であって、母親からの頼みではない。
「…母は、じゃなくて、もし白摩さんにお子さんがいらっしゃった場合、ですけど。」
一度聞いてみたかった質問を、白摩は父親に投げかける。
「お子さんには、好きな人と一緒になって欲しいですか。…例えば、海外の人とか同性、でも…。」
訊いてみたはいいが、答えが怖くてすぐ尻切れトンボになる。父親は、少し悩んでから口を開く。
「そうやなぁ…。男でも女でも、好きな人と幸せになってくれたらいいかなぁ。生きて、子供が幸せになるんが、親孝行やろうなぁ。」
たった一言で、白摩の涙は止まる。また新たな、悲しみとは違う涙が頬を伝いだす。
「…はい。」
記憶の中の母親が、微笑みながら小首を傾げて春太君ったら馬鹿ねぇと囁いてくれた気がした…。
父親に急変が起こったのは、二日目の昼だった。
父親は度々職員を呼んでは処置を受け、落ち着くといった具合だったのに昼下がりになると急に外に出たいと言い出した。息子は反対したが、職員は何かを察したらしく体調がある程度落ち着いたのを見計らい、車椅子で父親を外に出す。
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