アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
56
-
思えば、幾ら根が豪胆な母親だからといって息子の家出にちっとも動じないのは変だった。
『…ごめんなさい。あの子に厳しく口止めされていて。』
ややあって、折れた佐々の母親は告白する。
『あの子は、おばあちゃんの家にいるの。私の実家でね。代々農家をしていた。あの子は、その手伝いに…。』
「…住所を教えて下さい。」
白摩は雲行きの怪しい空の下で手近なポストの上部に紙を置いて、持っていたペンのノック部分を押す。電話向こうから、遠慮がちな吐息が聞こえてきた。
『…悪いことは言わない。春太くん、今のあの子に会わないで。』
「聞こえませんでしたか。住所を教えて下さい。」
佐々を思うだけで、鼻がツンとなるのがわかる。会いたい、会いたい。何度願ったか。涙が溢れたか。
『あなたのために言っているのよ。…あの子には時間が必要なの。あなたと別々の道を行くために。』
「ミチがどう生きようと、俺はミチの傍にいます。もう、決めたんです。」
『お願い、聞いて。私はあなたが傷つく姿を見たくない。』
佐々の母親は、強固に幼馴染の居場所を教えたがらない。白摩は何度も頼み込む。
「お願いします。俺は、ミチの傍にいたいんです。俺は十分傷ついています。隣にミチがいないと狂いそうになる。」
『…わかったわ。そこまで言うのなら。でも、お願い。あの子はあなた以上に、傷が深い。ううん、程度なんて言い表せないわね。あなたは御母様を失ったばかりで、あの子は言ってしまえば失ったものなんて何一つない。…そうね。あの子の場合、傷を拗らせているの。母親の私でさえ…まして、あなたには到底癒せそうにないわ。』
そこまで言うと、佐々の母親はやっと家出先の住所を告げだす。
『…よく考えて、動いてね。駄目だと思ったら、うちに帰ってらっしゃい。』
温かな声で、通話は締めくくられた。
駅前で昼食を済ませ、電車に揺られること一時間とちょっと。白摩は、幼馴染がいるという地に降り立つ。バスは一時間に一本しかない。午後十二時半前に到着したが、結局次である一時半過ぎの便に乗る羽目になる。渋々、駅の待合室で時間を潰す。イヤフォンを装着して、音楽の波に身体を委ねる。愛用のミュージックプレーヤーは、所々傷がついている。これも古いからなぁと眺めていると、不意にミュージックプレーヤーが佐々のくれたものだったと思い出す。
『俺がプロになってやる。』
唐突に、幼馴染の激昂した声を思い出して、白摩は面食らう。
(えっ…と。なんでこんな台詞をあの冷静沈着王子は言ったんだっけ??)
_
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
56 / 68