アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
57
-
音の海に意識を攫われながら、白摩は静かに記憶をたどる。
…あれは確か、大学一年になりたての頃だった。
あの頃の白摩は、抜け殻同然だった。過去の受験に失敗して高校が佐々と別になって、初めて自分の駄目人間さを再認識した。佐々と一緒にいたい。恋心をきちんと自覚したのも、この頃だったのかもしれない。とにかく、大学は同じところに入るべきだ。高校二年の後半から死ぬ気で勉強して、追い上げが間に合って大学に何とか入学出来た。…出来た、から気が抜けた。GWから不登校気味になっていく。
そんな折だ。佐々が話しかけてきた。せっかくだから自分と同じ、軽音部のサークルに入らないか。バンドを組んだ。ボーカルがいない。バンドボーカルを引き受けてはくれないか。引きこもりにとって天敵は外の光と外界に関する勧誘だ。何度も追い払った。しかし、佐々は毎日のように声をかけてくる。以前と比べると、執拗なほどだった。
追い詰められた獲物は最終兵器をぶっぱなす。お決まりの癇癪を起こした白摩は、ベッドの上ですっぽりと毛布を被ったまま、幼馴染に吠えた。
『人前で歌うのがどんなに恥ずかしいか、お前にわかってたまるか!!いいか、プロになるってのはそんな甘っちょろいことじゃない!!思いつきで叶えられる夢じゃない!!』
一拍置いて、底意地の悪い白摩は提案する。
『…そうだ。もし、お前がバンドボーカルとしてプロになれたら。そしたら俺だって、人前に出て歌ってやる!!』
佐々は声も出さずにその場に立ち尽くしていた。幼馴染の目前で、白摩は扉を叩きつけるようにして締め出した。数日後。部屋の前にやって来た佐々は、反省していた。
『…ごめんな。お前の気持ちも考えず、無理強いさせた。』
これ…、といって佐々は扉前に何かを置く。…扉越しに白摩の耳に聞こえてきた。
『新品のミュージックプレーヤー。お前にやるよ。…これで曲を聞いて、待っていてくれよ。このミュージックプレーヤーにいつかプロんなった僕たちの曲を加えさせるさ。』
白摩は、とりあえずもらっておけるものはもらっておく主義だった。すっかり記憶から抜け落ちていたが、考えてみるに佐々のプロ願望の根っこは自分の無茶な提案からきたものかもしれない。
バスが来る頃、それまで落ち着いていた天候がウソのように雨雲が陰り始めた。バスに乗っている間、重く垂れ込めた雲がゴロゴロと唸り出す。
バスの車窓は人通りの多い駅前から、商店街を過ぎ、やがて大きな橋を渡る。橋の向こうは建物が疎らで比例するように人気も少なくなっていく。
バスを下りると、白摩はタクシーを呼び、住所まで乗せていってもらう。無理もない。左も右もわからない土地で、白摩が彷徨くのは危険過ぎた。
タクシーを下りると、そこは細い道路に沿うように民家が並んでいた。気のせいか。白摩が見てきた住宅街より、辺りには家と家の間に距離がある。道路の反対側には茂みが広がる。
目前には小ぢんまりとした民家があった。何の変哲もない一軒家だ。家の前にブロック塀があって、中にはたくさんのプランターが並ぶ、家庭菜園が広がっていた。佐々の祖母の趣味か。考えながら、白摩は玄関に足を運ぶ。
_
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
57 / 68