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困惑の放課後
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「……じゃ、今日はこれで終了ー。出席番号2番、よろしくー」
「はい。起立、礼、ありがとうございましたー」
「ありがとうございましたー」
昨日と同じやりとりの後、古田先生が出て行く。
ようやく、1日が終わった。
なんだか、とても、長い、1日だった……。
「槙、大丈夫か? 疲れきった顔してるけど」
「……甲斐」
声をかけてくれる甲斐の方を向くのも一苦労だ。
本当に、今日は色々あった。
もう思い返すのも億劫だ。
「ああ、げっそりしてるじゃねーか……。悪い、自己紹介で笑えなんて言うんじゃなかった」
「ううん、甲斐のせいじゃないよ」
なんだか自己嫌悪に陥っている甲斐に向かって首を横に振る。
僕の笑顔にそんな威力があるわけがない。
悪いのは多分、中村君のデジカメか技術力だ。
「常磐君、大丈夫? 帰れる?」
甲斐の横からひょっこりと顔を出しながら、野々瀬が問いかけてくる。
帰れるか帰れないかじゃなくて、むしろ帰りたい。
早く帰ってベッドで寝たい……。
「うーん……お話、明日のほうがいいかな?」
僕の様子を見て、野々瀬は頬に指を当てて首を傾げ、そんなことを言う。
……話?
「あっ」
数秒遅れて昼のことを思い出し、ばっと身体を起こす。
そうだ、そんな話をしていたんだった。
あれだけ頭を占めていた事を忘れさせるなんて、中村君写真事件は恐ろしい。
「話って?」
「ん? んふふ、ちょっとね。ボクと常磐君のヒミツのお話」
「……なんだと?」
野々瀬の思わせぶりな台詞に、甲斐はびしりと野々瀬を見据える。
その顔は、思いの外真顔だ。
「俺には話せないことなのか、司」
「えっ、え? そ、そんな真剣な顔で言われても……」
予想外の反撃に野々瀬はあわあわしている。
でも、今のは野々瀬の言い方が悪かったよね。
「えっと、甲斐にも今度落ち着いてからゆっくり話すよ」
「今は話せないのか?」
甲斐は今度は、とりなそうと口を開いた僕に真剣な視線を向けてくる。
「……うん。ごめん」
話せば長くなることだし、甲斐には話さないほうがいいことだ。
いずれ笑って話せる日が来たら、その時に話そう。
謝る僕を見て、甲斐は小さくため息をつくと首を横に振った。
「いや、俺の方こそ悪い。お前のこと、全部知りたくってさ……ちょっと頭に血が上りかけてた」
「……」
そんなことを言われると、僕の顔に血が上る。
甲斐はいちいち言うことがストレートで反応に困ってしまう。
「司も、悪かったな」
「ううん。ちょっとビックリしたけど、ごちそうさま」
甲斐の謝罪に野々瀬は笑っている。
ごちそうさまじゃないよもう。
「今度から言い方には気をつけようね、野々瀬」
「はぁい」
一応釘を差しておくと、しょんぼりしてしまった。
可哀想だけど、今回ばっかりは仕方ない。
「ん、じゃあ俺、部活行くわ。槙も一応、大丈夫そうだし」
気を取り直したように言って、甲斐が鞄を掴む。
「うん。心配してくれてありがとうね、甲斐」
「水臭いこと言うなよ。俺たちの仲だろ?」
僕のお礼に苦笑すると、甲斐は僕の顔に顔を近づけてきた。
ん? なんだろ……
「ヒミツの件は、これでチャラな」
耳元でそんな囁きが聞こえた後、頬にあったかくて柔らかいものが押し当てられた。
……ん? んん?
…………――!!
「ちょ、ちょ、ちょ、甲斐!!?」
「アハハ! じゃ、また明日な!」
頬を押さえて叫ぶ僕を残し、甲斐は声を上げて笑って教室を出て行ってしまう。
初告白に加え、ほっぺたとはいえ初めてのキスまでされてしまった……!
「いやー、初々しいなぁ。昔を思い出すよー」
僕の反応を見て、野々瀬が昔を懐かしむような顔をする。
そうか、野々瀬と佐木先輩にもそんな時代があったのか……。
「じゃなくて! うわああ、ど、どうしよう……!」
「どうしようって……そんな、減るものじゃないし。親愛の証だよ、親愛の」
一人パニクる僕に、呆れた顔で野々瀬はそう言う。
親愛の証って言ったって、甲斐は僕のことが好きで、だけど僕は甲斐を友達と思っていて……。
それなのにほっぺにチューとか、許していいの!?
「ねぇ、き、キス……って、両思いの人同士がするものじゃないの?」
「なるほど、常磐君にとってはそうなんだね。まぁでも、それは人それぞれだし、されちゃったものは仕方ないし。それだけ甲斐が常磐君を好きだってことだよ」
僕の言葉を冷静に分析して、野々瀬は動じる様子を見せない。
いや、別に一緒になってパニクってほしいわけじゃないけど、もっとこう……。
っていうか、そんなことを言われると、余計に意識しちゃうじゃないか!
「……もう。そんなに気になるなら、ボクもキスしてあげようか?」
不意に、野々瀬はいたずらっぽい表情で問いかけてくる。
「え? な、なんでそうなるの?」
「だってほら、友達でもキスするよーって事になるでしょ?」
なるの? ああ、そうか、ならないこともないかな? でも佐木先輩に知られたら怖いよね?
混乱しつつそう考える僕の視界の端に、キラリと光るものが映る。
「……? ……あの、中村君、なにしてるの?」
「いや、いい写真が撮れそうだと思って」
視線を向けると、いつの間にか中村君が傍でデジカメを構えている。
「……」
中村君の言葉に少し冷静になって周りを見回したら、クラスメイトが僕たちに注目していた。
なに、皆のその期待の眼差し。
「とっ、撮れないよ! もう、野々瀬帰ろう!」
「えっ、あ、うん! みんな、バイバーイ!」
鞄と野々瀬の手を掴んで、僕はダッシュで教室から逃走することにした。
ああもう、明日どんな顔で登校すればいいんだろう……。
「そろそろ落ち着いた?」
「……うん、まぁ」
バスに揺られる頃には、僕もなんとか落ち着きを取り戻していた。
落ち着きを取り戻しても、過去は変えられないんだけど。
うん、もういいや。明日のことは明日考えよう。
悪い癖だと気付いているけど、結論を先延ばしにする癖は治らない。
「……で、どうしようか? お話、聞く?」
「あ……」
さっきのドタバタでまた昼の件がおざなりになっていた。
……どうしよう。今聞いても余計に頭がこんがらがるだけな気がする。
だけど、あいつが野々瀬の話を聞いてどう思ったのかと、怒っていないという理由が……気になる。
「えっと……うん、聞く」
少しためらった末、僕は頷いた。
長年僕を苦しめた僕にとっての事実。それがあいつから見たらどんな事実だったのか、知りたい。
「そっか。じゃあ話すけど……ここで話してもいいのかな?」
今日は授業が終わってから比較的すぐに出てきたから、バスには坂高生が多い。
どこで誰が聞いているか分からない場所での話は、できるだけ控えたい。
となると、地元まで帰ってから話したほうがいいんじゃないだろうか。
「……うーん、じゃあ、野々瀬が良ければだけど、鳴海町の防波堤に行かない?」
「防波堤?」
悩みながらそう言うと、きょとんとして野々瀬は首を傾げる。
僕の言う防波堤というのは、鳴海駅と僕の家の間付近にある1本の防波堤で、ただ喋りたい時なんかに啓太と浩司と3人で寄っていた場所だ。
あそこの防波堤は釣り客もいないし、僕たちの格好のたまり場だった。
「うん。なんにもないけど、僕と啓太たちのたまり場みたいなところ。どう?」
「うわぁ、そんなところにお邪魔していいの? 行く行く!」
僕たちの仲間に入れるようで嬉しいのか、野々瀬は即食いついてくる。
うん、じゃあ場所は防波堤でよさそうだ。
「……あれ、そういえば今日は帰りに佐木先輩来なかったね」
場所も決まって落ち着いたところで、ふと思い出して問いかけてみる。
ドタバタしていて忘れていたけど、帰りには見かけていない。
朝も昼も来ていたから、帰りにも来ると思っていたんだけど。
僕の問いに、野々瀬は少し寂しそうに笑った。
「ん、いーちゃん今日は生徒会だから」
……そういえば、佐木先輩は生徒会長だったっけ。
野々瀬の前での数々の威厳がない態度にすっかり忘れかけていた。
「そっか。佐木先輩も大変だね。……ごめん、本当は会いたかった、よね?」
僕がいなければ多分、野々瀬は生徒会が終わるのを待っていただろう。
申し訳ない気分になってそう問うと、野々瀬は僕の気持ちを察したのか笑って首を横に振った。
「ううん。生徒会の仕事がない時は会いに来てくれるし、大丈夫だよ。……うん、寂しくない」
本当は、寂しいんだろうな。
僕に言うというよりも、自分に言い聞かせるように野々瀬は言っている。
どれだけ会っても、会えるものならいつでも会いたい。
野々瀬からは、佐木先輩に対するそんな気持ちが伝わってくる。
「……」
会いたいと思う人がいて、会えたら嬉しくて、会えないと寂しい。
昔彼女に抱いていた気持ちを思い出して、少しだけ懐かしい気分になる。
懐かしい気持ちよりも、悲しい気持ちのほうが大きいけれど。
「……僕にもまた、そんな風に思える日が来るのかな……」
僕の呟きに、野々瀬が微笑む。
「うん。……早く、そうなるといいね」
「……うん」
僕が誰かを好きになる。
そんな日がまた来るのだろうか。
今の、過去を引きずっている僕には……、そんな未来を想像することはできない。
小さくため息をつく僕を見て、野々瀬は笑って僕の肩を優しく叩く。
「頑張ろう? 甲斐のためにも」
「うん……ん?」
「甲斐のためにもね?」
……また思い出させてくるし。
じっとりと野々瀬を見るとクスクスと笑っている。
わざとだ。わざと思い出させてきた。
「野々瀬……お仕置き!」
「ひゃああん、ごめんなさいぃ!」
お仕置きと称して、佐木先輩みたいに両手で野々瀬の髪をくしゃくしゃと撫でる。
柔らかくて、いい匂いがして、手触りが良くて……なるほど、これが撫で心地がいいということなのか。
確かに……いい。
「と、常磐君、もう許してぇ」
しばらく無心で撫でていると、野々瀬が降参の声を上げた。
恥ずかしかったのか顔が真っ赤になっている。
「あ、ご、ごめん」
慌てて野々瀬から手を離す。
うーん……撫でられるのも撫でるのも、癖になりそうだ。
「もう、何度もやめてって言ったのに……。そうやってイジワルするところ、ちょっといーちゃんに似てきたよ?」
軽く頬をふくらませた野々瀬の言葉にショックを受ける。
僕、そんなに撫でてた……?
ばっと電光掲示板を見上げたら、もうバスは駅前を表示していた。
……ちょっと、夢中になりすぎたみたいだ。
***
それから電車の中で野々瀬に仕返しに撫でられまくって、それに対抗して、最終的には疲れ果てて互いに寄り添ってうとうとしていた。
野々瀬が気づいてくれなかったら終点まで行っていたところだ。
鳴海駅の売店でお茶とお菓子を買って、防波堤へと向かう。
「電車って、眠くなるよねぇ」
あふ、と可愛い欠伸をしながら野々瀬が言う。
まったくだ。電車には眠気を誘う謎の魔力がある。
「ホントにね。……あ、ほら。あそこだよ、防波堤」
視界に入った防波堤を指さす。
海に伸びる、一本の長い防波堤。
今日も釣り人はいない。
「へぇー! あそこで常磐君たちはお話してるんだね!」
「うん、だらだらしたい時とかね」
夏や冬はさすがにキツイけど、今の季節は暖かい日差しとさわやかな海風が心地いいんだ。
気付いたら3人で寝こけていて、日が暮れてから「寒っ!」と飛び起きることもあった。
「野々瀬、海怖くない?」
「うん、平気だよ。うわぁ、でも深そう!」
防波堤の先端へと向かうにつれて、海面の色が濃くなってくる。
いつも座っている辺りに腰掛けて遠くを見ると、水平線がキラキラして眩しい。
「落ちないようにね」
「大丈夫だよー」
そう言いながら野々瀬が恐る恐る僕の隣に座る。
そして、水平線を見て感嘆の声を上げた。
「キレイだねぇ……」
「気に入ってもらえた?」
「うんっ!」
僕の問いに、野々瀬は大きく首を縦に振る。
今度、啓太や浩司も一緒に、4人で話をしよう。
そうしたら野々瀬はもっと喜ぶだろうから。
「……さてと、それじゃあどこから話そうかな」
ペットボトルのお茶を一口飲んで、ふぅ、と野々瀬が息を吐く。
「とりあえず、なんで先輩が怒ってないか、ってことから話そうか」
「……うん」
僕が頷くと、野々瀬は考えをまとめるように「うーん」と唸り、それから口を開いた。
「えーとね、まずボクが『先輩って常磐君に叩かれたんだよね? 怒ってないの?』って聞いたんだ」
「うん」
「そうしたら、叩かれたけど、すごく辛そうな顔をしていたから、怒りは湧かなかったって」
……そんな顔を、していただろうか。
正直なところ……僕は、あいつを叩いたことと、「絶対に許さない」と言ったことしかはっきりと覚えていない。
怒りの感情しか覚えていないのに、実際は違ったのか……?
曖昧な記憶をたどる僕に、野々瀬は言葉を続ける。
「だからね、心配してたんだって」
「……」
心配? 僕を?
「どうして?」
「ん……なんかね、思いつめてなにかするんじゃないかって、思ったって」
「なにかって、なにを?」
僕の問いに、野々瀬は言いにくそうに口を開く。
「その……死んじゃうんじゃないかって思ったみたい」
……そんなに僕は辛そうな顔をしていたのか。
情けないという思いと、叩かれたくせにそんなことを心配するあいつの優しさに、思わず苦笑いがもれる。
「さすが、優しいね」
「……うん。でもね、ホントにずっと気にしてたみたいだよ」
僕の皮肉を込めた言葉に、野々瀬があいつをフォローするように言葉を返す。
「それで、もう一度常磐君と話がしたかったんだけど、卒業までに常磐君のことが見つけられなくて話せないままだったって言ってた」
「……そう」
見つけられなくて当然だろうな。
僕は、あいつの顔を見たくなくて避けていたから。
「先輩、今でも、常磐君と話がしたいと思ってるって、言ってた」
「……」
「……ねぇ、常磐君」
黙りこむ僕を、改まった様子で野々瀬が見つめる。
「もう一度、先輩と話してみない?」
……あいつと、話す?
想像しただけで、手足が冷たくなってくる。
僕は、あいつが怖い。今の話を聞いていて、その懐の広さに尚更恐怖の感情が強くなった。
……無理だ。まともに顔を見ることも、それどころかあいつの前に立つことすらできそうにないのに。
「……ごめん、無理だよ……怖い」
気付いたら、ペットボトルを握る手が震えていた。
野々瀬もそれに気づいたようで、「そっか」と言って優しく背中を撫でてくれた。
「今はまだ無理だよね。……でもね、いつかちゃんと向き合ってほしいな。ボクの話だけじゃ、分からないことも多いだろうから」
「……」
野々瀬の言うことはもっともだ。
僕の知りたいことを、野々瀬が全部聞き出せるとは限らない。
それに、やっぱり、自分自身で聞かないと納得出来ないこともあるだろうから。
「……努力、する」
後ろ向きな僕の、最大限に前向きな言葉。
それでも充分だったのか、野々瀬はホッとしたように微笑んだ。
「うん。ゆっくりでいいから、先輩に慣れていこうね」
「……うん」
いつまでも恐怖から逃げまわっているわけにもいかない。
向かい合うためには、慣れるしかないんだ。
幸いにもというか、不幸にもというか、あいつは佐木先輩の友達で、どうやら回収係のようだ。
あいつが僕を避けてくれるか、佐木先輩の他力本願が直らない限り、顔を合わせる機会は少なくはないだろう。
明日からも気が抜けないのかと思うと少し憂鬱になる。
……でも、いつか面と向かって話せるようになるように、頑張らないと。
そうじゃないと、僕はこの先いつまでもあの事件を引きずったまま生きていくことになりそうだから。
「っ……そういえば、彼女の件は!?」
もう一つの大事なことを思い出して、慌てて野々瀬に問いかける。
自分のことばかり考えている場合じゃない。
彼女の手紙を受け取っていたか、噂を知っていたのか、それも聞いてくれたはずだ。
僕の勢いに野々瀬は少し驚いたように目を瞬かせて、それから頷いて口を開いた。
「うん……ボクね、常磐君から聞いたあの子の話を先輩に話したんだ。彼女が先輩を好きで、常磐君がそれを応援していたってところから」
黙って頷く。
僕の視線を受けて、野々瀬は真面目な顔で話を続ける。
「彼女が靴箱に手紙を入れて、ずっと待っていたって言ったら、先輩、すごく驚いてたよ」
「……」
「全然、知らなかった……って。ボクにもそう見えたよ。……信じて、くれる?」
野々瀬が不安そうな顔をする。
数秒悩んだけど、僕は頷く。
野々瀬にそう見えたんなら、僕はそれを信じる。
野々瀬に話を聞いてもらうと決めた時から、そう決めていたから。
「あの時、とぼけていたわけじゃなかった……んだね」
「うん。常磐君に聞かれた時、なんのことか本当に分からなかったんだって」
それなのに、僕は全てをあいつのせいにして叩いてしまった。
また後悔が胸をよぎるけど、野々瀬に更に問いかける。
「噂や、彼女が引っ越したことは?」
野々瀬は首を横に振る。
「初めて聞いたって。そんなことがあったなんて、って……」
「そ、っか」
「……でも、自分が原因なら常磐君に叩かれても仕方ないって、言ってた」
見に覚えのないことで、訳も分からずに叩かれたのに、自分のせいなら仕方ない、と、思えるなんて。
あの人は……優しすぎる。
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