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郁人と角松と藤沢-1
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五年前。隼人11歳、郁人40歳。
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家を飛び出した隼人の父親、:佐藤郁人(さとういくと)は息子に自分がした事が許せず、命を絶とうと思い自殺を試みるも失敗に終わり、真夜中の公園で蹲っていた。
「くそっ、なんで切れちまうんだよ」
郁人は腰をさすりながら、切れた縄跳びを睨みつけた。どこかの子供が忘れて行ったものを勝手に拝借しておきながら、悪態をついているのはお門違いだ。
木の下には踏み台に使ったであろう壊れて持ち主を失った三輪車も転がっており、再び同じ行いをする気にもなれず途方に暮れていた。
「隼人……すまん。俺は、なんてことを、くっ、ううっ、うおおおおぉ」
可愛い息子の顔を思い出すと息が止まりそうなくらい苦しくて、惨めで情けない自分を呪いながら、みっともなく声を上げて泣くことしか出来ないでいる。
「首吊りは、後が大変なんだぞ。まあどの道自殺なんて残された身内にとっちゃ、後悔しか残んねえんだ。やめとけ」
静けさの中に響く声を聞いてそちらに顔を向けると、街灯の下で鮮やかに輝く金髪を持つ外国人が、コンビニ袋を下げて郁人を眺めていた。
「お、お前に何がわかる!ほっといてくれ!」
「そう噛み付くなよ。まあ、これでも飲んで落ち着け。なっ」
金髪男は冷静に言うと、郁人のすぐ隣まで来て微糖の缶コーヒーを袋から取り出し、強引に押し付けて来た。郁人が受け取ると何回か頷いて隣にドガッと座り込んだ。
郁人は毒気を抜かれたような顔をして、金髪男の顔をしばらく眺めていたが、だから飲めよともう一度勧められたので、プルタブを開けてのそのそと飲み始めた。
しかし再び隼人の顔を思い出し涙が止まらなくなって、とうとう嗚咽混じりに泣き出してしまったのだ。
金髪男は何も言わずにただ側にいるだけで、郁人が泣き疲れるまで待ち続けていた。ようやく子供のようにしゃくり上げて、ひっくひっくと息を乱し始めた郁人の背中を強めにさすり、呼吸が整うのを手伝ってやった。
「ふぅ、取り乱してすまない」
ようやく素に戻った郁人が静かに礼を言うと、金髪男はガサゴソとビニール袋を漁り、パイナップル味のキャンディーを渡して来た。素直に受け取ってしまった郁人は包み紙を外して口の中に放り込み、適当に舌で転がしている。
「それ、子供の頃からあるんだぜ。たまに食うと上手いんだよな」
確かに毎日食べたいとは思わないが、疲れた時などふと食べたくなる種類だと思い、郁人も首を縦に振った。
「あのな、俺の妹はお前と同じ方法でこの世を去ったんだ。まじでなんの役にも立てなかった俺は無力を呪った。未だに後悔だらけだ」
「そうだったのか……俺は、その……」
「いや、その先は無理に言わなくていい。人にはそれぞれ言いたくない事情があるからな。もうしなきゃ良いだけだ。とりあえず、お前今日は帰るとこあんのか?」
「……ない」
郁人は今すぐにでも隼人の居る家に戻って謝りたくて仕方が無いのだが、きっと隼人は父親を拒否するだろう。大切な息子に拒絶されるのが何よりも怖い気弱な郁人は、これからの事を考えると頭を抱えてしまった。
「あー、俺ん家、隣の県なんだけどよ。うちに来いよ。そんなドロドロな服と顔では、どこにも行けねえだろう」
郁人は呆気に取られていたが断る間もなく金髪男に立たされると、付いて来いよと言われたので素直に従った。
男はしばらく歩くと小綺麗なアパートの前に止められていた軽自動車のキーを開け、助手席に座るように促してきた。
郁人は抵抗する気も無く、男の言うなりになって背もたれに体を任せてほっと息をついた。だらしなく座っているとシートベルトをしめられて、そのまま寝とけと言われたので感謝しつつ眠りの中へ入って行った。
「おい、くたびれたオッサン。着いたぜ。降りるぞ」
誰がくたびれたオッサンだよと郁人は腹立たしくもあったが、今の自分は誰から見ても否定出来ない外見だなと思い、黙って車から降りた。
金髪男の家は一昔前の昭和風味が漂う一軒家で、引き戸を開けると広めの玄関があり、続いてガラス戸を開けるとすぐに台所へ続いていた。ゆったりとした台所の左壁にはいくつかの扉があり、ふろ場と脱衣場、トイレが並んでいる。
その奥は十畳の和室になっており、いわゆる茶の間と言った感じでどこか懐かしく、丸いちゃぶ台が真ん中で存在感を主張していた。南側には縁側もあり日向ぼっこには最適の空間だ。
「お前をしばらく引き取るからな、一応狭いが部屋を紹介しておくよ」
茶の間の奥には八畳の和室が二つ左右対象に配置され、各部屋の間には押し入れもあって男一人暮らしの割には綺麗に整頓されている。
「俺は向かって右側の部屋だ。お前は今日から反対側の部屋を使うといい。不便なことがあれば遠慮なく言えよな」
郁人は素直に頷くと、しばらく生活の目処がたつまで世話になる、よろしく。とだけ言うと頭を下げた。
金髪男は角松オスカーと名乗り、日本人の父親とイギリス人の母親の間に生まれたハーフだと告げた。先祖返りで金髪と空色の瞳をしている。
「この家は俺の祖父が残してくれた家でな、愛着もあるし駅も近くて買い物も便利だ。好きなだけ居ればいい」
こんなに良くしてくれるのには裏があるのではないかと小心者の郁人はビクビクしていたのだが「あそこで会ったのも何かの縁だ。それだけで良いだろうが」と言い切られては、それ以上突っ込んで聞くことも出来なくなった。
角松には両親が残した莫大な財産があり、働かなくても充分食べていけた。かと言って無職でいるのも暇すぎるので、知り合いの飲食店で週に四日バイトをしている。
「うどん屋……角松がうどん屋?」
純洋風な容姿をしているので、てっきりイタリアンレストランなどのバイトかと思えば、創業六十年のなかなか伝統のある老舗だと聞いて更に驚いた。
「俺も、仕事探すよ」
郁人は置いて来た隼人のことが気になってしまい落ち着いて居られ無かったので、すぐにでも職を探して仕送りをしようと思ったのだ。
「いやいや。その不健康そうな体を何とかしてからだな。まずは体から酒を抜け」
酒に頼る様になっていた郁人にはかなり厳しい申し付けだったが、残して来たお金で隼人も充分食べていけると確信していたので、体から酒を抜くことに決めた。
角松は気の良いやつで深くは事情を聞こうとしなかったので、未だに自殺未遂の原因も話してはいない。
酒を断ち切った郁人は度々苦しんで何度も誘惑に負けそうになったが、何とか頼らなくて済むように体質を変えていった。
その間も隼人の様子が気になって持参してきたカードで残り少ないお金をおろし、自宅付近をウロウロしたあと日持ちしそうな缶詰やカップラーメンを買って玄関の取っ手にかけていた。
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