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新双黒が旧双黒について語るようです
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「ぶっちゃけさァ、あの二人のこと如何思う?」
すっかり日も登り、大勢の人々が職務や勉学に励んでいる真昼間、此の街ではかの有名な武装探偵社の社員である中島敦は、何時もなら社で依頼任務若しくは書類雑務を熟している時間なのだが今日は休みを取ったのか、はたまた休憩時間なのかは本人のみぞ知るとして日頃からは想像出来ない人物、つまり敵対組織、ポートマフィアに所属している芥川龍之介とヨコハマの海が良く見渡せる街でも特に人気の喫茶店で待ち合わせていた。
犬猿の仲という諺ことわざがこれでもかと言う程ぴったりと当てはまる彼らが、何故この忙しい真昼間に、軽めの変装までして集まったのか。
三社鼎立のフィッツジェラルド戦という一件から探偵社の新人、中島敦とポートマフィアの禍狗、芥川龍之介は両者不満に満ち溢れ乍も双方の先輩に中る太宰治の予言、此から起こる最悪の事態に備え二人は相方として組むことになった。
相方と言えど嫌々、本当に嫌々組んだのである。
然し最悪の事態に備え組まされたのだ。嫌々乍でも、行動が合わなければ組んだ意味が無く、其れがヨコハマの危機になったのなら組んだ意味は無い所か二人にとっても許し難い事実となる。そこで彼らは、新人は先人の背中を見て学べ、という言葉があるように彼ら、『新双黒』の先輩である『旧双黒』、つまり太宰と中也について探り話す機会を自らで作り、週に数回研究する時間を設けたのだ。
互いに会うのが嫌でも少なからず先輩について知っておいた方がいいし、元相棒とは云え裏社会最悪と云われる程の相棒だったのだ。学べる事も沢山あるだろうと云う、彼等なりの進歩である。
挨拶と言えるかどうかすら分からない挨拶をし、店内に入り開口一番、敦は他人からは一切判断出来ないであろう人物達の話題を持ち掛けた。
無論、先述した様に態々会った理由があるのだから誰の事が言いたいのかは察することが出来る。然し入店直後から芥川は黙り込んでいた。
やれやれ、とでも言いたげな表情を浮かべ、注文した珈琲を片手に其の長く華奢な脚を組むと、会話相手の方をみて漸く口を開いた。
「其の文章のみだと語弊を色々産みかねない。もっと詳しく説明しろ。」
御尤もな返答だ。先刻敦が云った質問に解答するには些か詳細が薄すぎる。
幾ら話題の人物が分かると言えど、内容が余りにも簡略化され過ぎると何に対しての問いか分かりかねる。
尊敬すべき点?それとも戦術について?
どれをとっても質問内容としては成り立つ。
確かに、と自身の質問が先走り過ぎたことに気づいた敦は、先程より少しだけ明確に、質問の内容を変更した。
「双黒の太宰さんと中也さんの関係について、お前はどう思う?」
此に来て第三者からして人物名が、芥川からして質問の内容が明らかになった。
矢張りな、と芥川は納得する。如何せん、芥川自身も今日その質問を投げかける心算だったからだ。
二人が先輩の双黒について研究し始めてから、互いに嫌いあっていた、と見えた太宰と中也の関係がどうも怪しい。
それについて感づいたのは芥川だけでなく敦もだそうだ。
「僕も同じ事を聞こうとしていた。」
「本当か!?なら!……」
同じ事を考えていた事に安堵したのか多少なりとも顔を綻ばせたが、それも束の間、直ぐに又悩ましい表情になる。
百面相を繰り広げる敦。唯見つめる芥川。進んだばかりの会話が再び途切れ、また沈黙が訪れた。
少しして、芥川が無くなり掛けた珈琲を新たに注文するか或いは期間限定で販売されている好物の無花果の蛋達タルトを注文するか悩み始めた頃、敦が漸く決意したのか芥川をじっと見つめ、とはいえ矢張り気まずさが残ったのか言葉を詰まらせるようにして会話を進めた。
「じ、実を云うと何かその……何となくなんだけど……」
「好い加減焦れったい。疾く云え」
「御二人が恋仲に見える気がして……」
成程。だからここまで口篭ったのか。
此の日本では同性愛の結婚は認められていない。所か、其れに対して嫌悪感を抱く者も少なからず居るのだろう。
芥川がそういった類の事を軽蔑するかも知れない、といった敦の配慮だった訳だ。芥川は特に軽蔑心を持っている訳ではない。人にも色々居る、十人十色なのだからそういった人達も居ると割り切っている。
然し問題は其処ではない。問題は芥川が想定していた内容とは些か違った事だ。だが、それもその筈なのかもしれない。と、直ぐ様思考を変えた。何せ芥川は恋や色事情にはてんで興味が無い。それ故に恋人の間柄やら恋愛感情やらがよく理解できなかった。だから敦には「御二人の仲が思ったより近しいのかもしれない」程度の質問を投げかける心算だったのだがそうか、恋仲であったか。
「いや待たぬか」
「!!??何何?」
「どういった所が恋仲に見えたのだ?証拠が無ければ決めつけることが出来ぬ」
行き成り反発した事に対し肩を上げて驚く敦。そんな事には目もくれず、芥川は自身の疑問に思った事を率直に告げた。確かに証拠無しに決めつけてはそんな気は微塵もないであろう先輩二人に失礼だし、第一恋仲である事によって変えなければならない態度もあるかも知れない。恋仲に見えると言い出したお前なら根拠が在るだろう。其れを聞いた敦は、待ってましたと言わんばかりに表情を和らげ、飲んでいた汁酢ジュースを静かに置き、記憶を辿りながら出来事を語り始めた。
「ああ、其れはつい一昨日の事なんだけど……」
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「おっはよぉー!探偵社員諸君!!」
溌剌はつらつとした声で探偵社の扉から入ってきたのは依頼人でも誰でもなく、社員の太宰治であった。
時刻は既に十二時半ば、出社時間は疾うに過ぎ、昼休憩に入っても良い時間である。
声がした方に全員が一度視線を送るが、何時もの事か、と直ぐ職務に戻った。数名を除いて。
「な・に・が・お早うだ、お早うの時間ではない今はこんにちはの時間だ太宰!!」
「あ、そうなの、ならばこんにちはー!探偵社員諸君!!」
「そう云う問題ではない!!」
出社時間は疾うに過ぎているのだ、貴様は何時になったら真面目に出社する気になるのだ、と、昨日も聞いた気がするお決まりの台詞を太宰治の相方、国木田独歩は飽きもせずにくどくどと説教を浴びせていた。
それをのらりくらりと躱す太宰。これもまたいつもの光景である。
太宰の隣の席である敦は、懲りずに説教を続ける国木田を苦笑いしながら眺めていた。はいはい、解りましたよ、と怒鳴り続ける国木田を遇い、太宰は欠伸をしながら敦の隣へ向かった。
「ん……?」
と、近付いてきた太宰に敦は違和感を覚えた。
何処か、何かが違う。
然し断定は未だ出来ていない。少しづつ歩み寄る太宰をくまなく眺めるが、微妙に分からない。隣に座っても尚見つめ続ける敦に我慢が切れたのか太宰は苦笑した。
「そんなに見ないでおくれよ敦君、私が容姿端麗であるのは自分でも充分自覚しているが、流石に照れてしまうよ。」
「あ、そう云うのじゃないんで安心してください」
ちぇ、と声を漏らし机に足を乗せ椅子に凭れもたれ、再び眠ろうとする太宰。
それに対し国木田がまた怒りが湧き出したものの、社長から呼び出しがかかったようで渋々退出した。
他の社員はまるっきり無視している中、遠くの方でその様子を見ていた乱歩が溜息をつき、機嫌を少し損ねたかのようにして大量のお菓子と共に椅子をくるりと回し後ろを向いた。またかぁ……と呆れた様子の呟きを交えながら。
(……また?)
普段なら乱歩さんは太宰さんが遅れても特になんの反応もしない。それが……また?一体何の事なのか。
思考を巡らせ考える敦。横で顔に本を載せ、寝ようとしている太宰に再び目を向けた。
相変わらず髪は蓬髪で居るし、服装も特に変わりない。自殺は……今日はしていないのか。包帯も……うん?
包帯はしている。しているのだ。しかし首元の包帯が何時もより長い、それもほんの少しだけ長い気がする。何時もは首の半ばきっちり迄の端が、半ばよりやや上に巻いてあるのだ。よく見ないと分からないだろう。
敦にも理由は分からないが、太宰の包帯の位置は精密機械が巻いたかのように固定されている。
それが今日ばかりは何故高めなのか。
考え出すほど思考は止まらない。ずっと見つめていると、寝相を変えた太宰の包帯がずれた。
「こっらぁ!!!小僧!!惚けて居る暇が在るなら速く仕事をしろ!!」
「ひゃいっ!!??!」
社長の呼び出しから戻ってきた国木田が敦を怒鳴りつけた。
考え事をすると周りが見えなくなる。気をつけなければ…
そう云えば……太宰さんのずれた包帯の隙間から
ちらっと赤いのが見えた気がする……
「まだ考え事をする気か小僧、俺の拳骨を直々に喰らいたいのか?」
「いえっ!滅相もないです!!!」
直ぐ仕事に取り掛かります!と返事をすると、国木田が不適な笑みを浮かべ、罰として太宰の書類整理を全てやっておけ、と指示された。其の成為で帰るのは定時を超える羽目になった…当の太宰さんと云えば、社員の目を盗んでさっさと帰ったらしい。……恨むべし。
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「成程。つまり太宰さんに見蕩れていたら失態を冒したと。愚者め。」
「違うって!」
でも言われてみれば先程の回想だと失態を晒したことを此奴に知られることになったな……
と、よく分からない後悔をしつつ、真面目に話そうと話題を直ぐ様転換した。
「僕の予想だと多分あれは接吻痕キスマークじゃないかな?」
「接吻痕?だと?」
え、此奴知らないのか。と言いかけた口を慌てて閉じる。そんな事を言ってみろ、公共の場、しかも家族恋人学生達もいる憩いの場で猟奇的映像スプラッターが大公開だ。虎の治癒力はあっても人々の精神的苦痛は治癒しない。何と言い訳をしようか。再び悩み始めると芥川が口を開いた。
「虫さされ跡等ではないのか?」
「あー、可能性は無きにしも非ずだけど…あ、済みません林檎汁酢1つ」
「ならば確定的証拠には為らぬだろう。無花果の蛋達と珈琲1つずつ。」
2つも頼むのか金持ちめ。
其れはどうでも良い。此奴は折角の僕の意見を蹴った。それに対し敦は腹が立ち、おう、そう来たか。なら今度は此方の番だ。と眉間に皺を寄せ、それじゃあ、芥川も思い当たるような節があるんだろうな?と問いかけた。無いとは言わせない。現に同じ事を聞こうとしていたと言っていたから、根拠はあるはずだ。
それを言うと芥川は仕方ないと呟き、先程の敦と同じ様に記憶を探りながら話し始めた。
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僕はどうやら貧弱らしい。己でも重々自覚している心算だったが、首領や他の幹部の皆様曰く、きちんと一日三食取っているかすら心許ないそうだ。
確かに食が細いかもしれない、と先刻会話の流れで些細な内容で包み隠さず首領に打明けたのだが、それを聞いた首領は何かを閃き、深刻な表情で扉番をしている警護用の構成員に突然中也さんを呼びつけた。
其れから数分も経たないうちに中也さんがこの楼閣の最上階まで来、室内に入り首領に一礼後僕の隣に並び、丁寧な挨拶をした。首領の表情は変わらない。恐らく指令があるから呼んだのだろう。一体何の命令なのか。突如として更に真剣な眼差しになる首領を前に緊張感が部屋を支配した。冷や汗が床へ滑り落ちる直前に首領が突如笑顔になり、全く予想外の指令を出した。
「中也君、行き成なんだけど芥川君に中也君の手料理を食べさせてあげてくれないかな?」
唐突すぎる指令に僕は勿論中也さんも驚きを隠せない。
互いに目を見開き、身動きが取れずに居る。早急に我を取り戻し、問いかけたのは中也さんの方だった。
「失礼ですが首領、其れは一体どう云う……」
「其の儘の意味だよ、芥川君に料理を作ってあげて欲しいんだ。君の料理は紅葉君仕込みなだけあって、プロ顔負けと云える程とても美味しいからねぇ。」
其れに中也君もよく云っているじゃないか、本当に食べてるのか心配だって。と、当たり前、とでも言わんばかりの表情をし、完全に緊張が溶けた室内に森の笑い声が調和する。
中也は少し様子を伺い、口を開いた。
「然しこの後未だ任務があります。其れはどうすれば良いでしょうか」
マフィアは夜が本拠地だ。特に幹部となれば白昼も深夜も常に忙しい。現在夕食時には持ってこいの時間なのだが中也さんも僕も共に任務が入っていた。
「中也君は中小組織の殲滅だろう?うちの部隊は過剰評価してもそれなりに優秀だ、而も中也君の部隊だから呆気なく殲滅できる。芥川君は横流し武器の押収だけだし、黒蜥蜴にでも遣らせるといいよ」
即ち今日の君達の任務は終了だ。
この数秒で何故こんなにも的確な計画の指示が出せるのか。
流石と云うべきか、と感嘆するも計画変更の理由が如何なる物であろうと首領の命令は絶対だ。
其れがマフィアらしからぬ理由であれ、中也は料理し、芥川は其れを食さねばならない。
僕らは再び深く一礼し、部屋を退出した。
「好きな食いもんは」
「……茶と無花果」
「嫌いなもんは」
「蜜柑と蚕豆」
場所は変わって中也さんの家、とはいっても複数あるらしいのでこの家がどういった時に使われるかは全くもって知る由もないが、森が太鼓判を押しただけある様な料理が作れるだろう調理用具や焜炉等の設備が一通り揃っている。冷蔵庫も家庭用とは思えない程大きい。これだけあれば一流料理人でも大歓喜するだろう。
家にお邪魔し中也さんの着替えが終わり好き嫌いの有無内容を簡潔に聞かれた後、其処で待ってろ、と独り身にしてはやけに広すぎる居間で一人座らされた。
とは云え何もする事が無い為、退屈凌ぎに初めて来た部屋の辺りを見回すと中也さんの好みであるだろう深みのある家具や雑貨、観葉植物が良い具合に協調し、自然と落ち着きが出る空間を作り出していた。
後ろの調理場の様子を伺うと未だ料理は完成しそうにない。少しなら見て回っても良いだろうかと、席を立ち眺めた。
ふと目に入ったのは電視テレビの隣に置いてある、割と大きめの箱だった。思わず蓋に手を掛け、開けようとした時。
「出来たぞ、席に座れ。」
中也さんが皿を沢山持ち此方にやってきた。
そう云われ早急に席に着くと出されたのは白米や味噌汁、旬の野菜を沢山使われた煮物、天麩羅等の健康的な和食だった。計七品。僕が普段食べている量に比べ可也多い。
「行き成り洋食や中華ッて訳にも行かなくてな。健康重視なら矢っ張り和食に限る。手前の嫌いな物も入れといたが、俺の手料理、而も首領の命令だ。真逆残す何て考えはねェよな?安心しろ、ちゃんと食べれたら静岡から取り寄せた茶葉の茶と新鮮な無花果出してやるよ。」
ほぼ脅迫である。だが態々自分自身の為だけに作られたものだから残す訳には行くまい。其れに茶と無花果の為だ。頑張る他ない。
順調に一品ずつ食べていき、愈々完食、残るは煮物のみ。中也さんの料理が美味しかった為か滞ること無く口に出来た。
「あの、中也さん」
「何だ、もう限界か?其れ共難癖付けてェか?まァ手前にしちゃあ良く食った方か。」
「そう云う訳ではありませぬ。ただ…」
普通の煮物にしては何となくだが一つの調味料の自己主張が激しい。味は悪くない。寧ろ美味と云えるだろう。
此の調味料は……
「少しばかり味の素が多い気がするのですが」
之で間違っていたなら大恥だ。其れ処か幹部に対する侮辱として看做みなされても反発できない。だが予想は当たっていたようで、中也さんは「あ、」と小さく呟き
「悪い、いつもの癖だ。」
と平然と云った。
確か僕の記憶では味の素は太宰さんの好みである。ということは度々彼の人に作っていたのだろうか。
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「と、いった理由で話そうとしたのだ。」
マフィア平和かよ、と心の中で小さく突っ込み、然し問題はそこではないと切り替え敦は考えた。
味の素を多めに入れるのがいつもの癖なのか。単純に考えると太宰の為に入れている、と考えるのが正しいだろう。中也はそこまで味の素が好きではなかった筈だからだ。
然し感化された、という可能性が無い訳ではない。
之も又確定的な証拠にはならないであろう。
敦は先程の会話で違和感が在った所を問いかけた。
「電視の横の箱の話が気になるんだけど。中身は結局見れなかったのか?」
「見た。」
「何だったんだ?」
「包帯だ。」
「……は?」
「其れも包帯のみだ。」
思わず耳を疑った。中也さんはマフィアきっての体術使い。
研究中に聞いた話に拠れば組織一個殲滅した時に怪我ひとつなく帰ってきたこともあったらしい。其れがどういった意味を表すのか。中也さん自身はそこまで包帯を使わないのだ。無論使うこともあるやもしれない。しかし電視の横に置くほどの大きな箱に包帯だけを保管しておくだろうか。
「そう云えば中也さんが以前、「又太宰が来やがった」と酔いながら零していたな。」
「あ、其れ割と良い証拠になってるかも。中也さんの家に度々行ってるのかもね。」
ここまで来ると太宰さんの線が濃厚になってきたが未だ足りない。芥川の近しいという証拠なら未だしも、恋仲であると云うならもっと確定的な証拠がいる。
もう一度記憶を探り、そのような会話がなかったか辿ってみた。
「あ!そう云えば一ヶ月位前にさ、」
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極平凡な昼休み。敦は机に大きめの茶碗にたっぷりと御飯を盛り、梅干し、刻み海苔、夕餉の鶏肉を乗せ白湯を勢いよく掛けた敦の大好物、茶漬けを丁寧に作っていた。
「敦、また茶漬けかイ?飽きないねぇアンタも」
「敦君、そんなに茶漬けばかり食べていたらモテないよ?」
週に3日は昼食が茶漬けの敦は、それと同等の頻度で職場の先輩に昼食に対する弄りを受けていた。
茶漬けの美味しさが分からないなんて残念だ、と内心思うももう慣れたもの。特に反応もせずに黙々と食べ続けていた。
「それじゃあ、私は街で美女に心中のお誘いに行ってくるよ」
そこで敦はふと思った。寧ろ今まで何故聞かなかったのかが疑問に思える事を聞いた。
「太宰さんって綺麗な女の人によく声掛けてますけど、理想の恋人像ってあるんですか?」
今まで声を掛けていた女の人には特に共通点が無かったように思える。髪が長かったり短かったり、背が低かったり高かったり。
「そうだねぇ。」
そう云うと空を仰ぎ始め、太宰は静かになった。返事を待ち唾を飲む敦。間もなくして漸く話し出した。きちんとした真面な返答で。
「何でも言い合える人かな。料理も上手い方がいい。あと……」
間を置いて少し笑い、太宰は更に言葉を紡いだ。
「私は夕陽色と空色が好きなんだ。」
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「最後の部分が分かんなかったんだけど、今思えば中也さんのことじゃないかな、之って」
現に中也さんは亜麻色の髪と碧眼だ。例えるなら夕陽色と空色とも云えるだろう。
「確かに、先刻の話で中也さんが料理上手な点も一致している。」
「けどなぁ……」
幾つ意見を出しても憶測的な証拠ばかりで一向に確定的な証拠が出て来ない。敦の思い出せる限りでは之が限界だ。
「芥川、何かない?」
「何がだ?」
「太宰さんがマフィアに居た時の話でもいいんだ、中也さんと太宰さんが恋仲に見えるような所はなかった?」
芥川は少し悩み、思い出したのか、しかし確証が持てないのか、一つ前置きし、問うた。
「僕はそういった点に疎いため確定出来ない。其れでも良いか?」
「構わない。」
「あれは何時だったかは思い出せぬ。」
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マフィアに入り幾日幾月か経ったと或る日。
今回の任務は太宰からの司令ではなく、首領直々の物であった為、報告は首領室へ行かなければならなかった。
その日は珍しく仕事の合間に暇があり、報告が終了し余裕が出来た為、何時もよりゆっくりと静かに廊下を歩いている時だった。
「ねぇ中也」
突如十字路右側の通路から恩師、つまり太宰の声が聞こえてきた。
条件反射で立ち止まり、自分でも何故か分からないが聞き耳を立て、さり気なく様子を伺うと太宰は中也と共に歩いていた。まだ距離は遠い。
「さっきのあの子何?随分と親しくしていた様だけど。」
どうやら揉めているらしい。とは云え、彼らにおいて其れは日常茶飯事。だが太宰の顔は何時もより怒りを募らせている様だった。そう云えば任務が重なり今日は三徹目だと愚痴らせていたような。徹夜が重なると太宰は頗る機嫌が悪くなる。太宰が徹夜続きになった日にはよく奴当たられる。中也さんが傷つかなければいいが。自然と中也の心配をした時だった。
「誰だっていいだろ手前には関係ねェ」
其の言葉を聞いて遂に堪忍袋の緒が切れたのか太宰は中也を壁に手をつけ押し付けた。唐突の衝撃により、中也は小さく声を漏らす。押し付けた本人と云えば満足気な表情を浮かべ、中也の顎を引きこう云った。
「……誰のものか教えてあげる必要があるようだね。」
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「その後は直ぐ任務へ向かった故、どうなったかは知らぬ。……如何だ、何か参考になることは在っ「決まりじゃん!!!!!」
思わず芥川の発言を遮ってまで大声を出して叫び、立ち上がってしまった。一気に店内が静まり、客のみでなく店員もが此方を凝視する。
失態に対し敦は小声で済みません、と謝罪し、店内が先程と変わらない状態になった事を確認すると思考を進めた。
敦は驚愕した。此迄こんなに心の底から思ったことを口に出したことが有っただろうか。いやそうではない。新双黒として相方を組み始めた相手がこんなにも色恋沙汰に無関心で無垢だったとは。壁に手をつけ中也さんを押さえ付けていた?そんなの少し前に流行った『壁ドン』とやらではないのか。
其れに嫌いな相手の顎を引く訳がない。芥川が見なかった後の事を成る可く考えないようにした。
そう云えば根本的に考えると黒の時代に其の出来事があったのであれば、可也昔から恋人関係にあるという事になる。其れが分からなかったと芥川は云った。鈍い、余りにも鈍すぎる。当の本人と云えば敦が叫んだことに対して特に驚きもせず黒く大きな瞳を此方に向け首を傾げている。
天然なのか……?はたまた純粋なのか……?確か接吻跡も分からなかったな、と今更ながらに溜息をつくも其れが彼なのだろう。受け入れる他ない。
「……確定だな」
「何がだ?」
「太宰さんと中也さんは恋人同士。つまり恋仲なんだよ」
「??あの会話は太宰さんの好みの女性を取られたことに対する怒りではなかったのか?」
「もうお前、黙ってろ。」
断言する。彼の人達は絶対に恋仲だ。
それに対して矢張り少し驚いたのか、芥川は目をほんの僅か見開いた。
旧双黒が本当に恋仲だったとは。探偵社に入ってから幾日幾月か経ち、更に洞察力に磨きがかかったのかも知れない。敦は我ながらよく感づけたな、と慢心した。
然しだからといってどう、ということはない。彼らがどういう関係であろうと双黒の先輩であることに変わりはないのだ。これからも背中を追いかけるのみ。
「帰るか、芥川。途中迄送る」
「敵に本拠地を晒す訳無かろう」
「途中迄って云ってるだろ。此処で良いって云われたら帰るから。」
「其れなら言葉に甘えよう。」
之からこの新双黒はどうなるのか。其れは未だ誰も知らない。
「「ふぇくしゅん!!!」」
「え、中也風邪?やだぁ移さないでよね」
「其れは此方の台詞だ糞太宰。入水ばっかしてッからだろ。」
後輩の間で専らの噂だった彼らは、二人して寝台の上で寛いでいた。太宰はゴロンと寝転び、中也は壁に凭れて煙草を吸っている。部屋には二人の他に誰もいない。太宰は社員寮の為布団だ、恐らく此処は中也の家なのだろう。
二人同時に嚔くしゃみをした事に対し軽口を叩き合ういつもと変わらない光景。其の二人の格好と言えば、太宰は相変わらずの包帯まみれ、中也は何時もの気に入りのチョーカーを付けていた。然し両者、布団以外何も身に纏っていないのである。
周りを見渡せば、酒盛りした形跡以外にそれとなく情事を思わせる形跡も残っていた。
「しっかし手前、そのひょろっちい成で何処にそんな体力があンだよお陰で腰が痛ェんだけど」
「何ならもう一回スる?」
「やんねェよこの絶論!」
恐るべし新双黒。いや敦だけかも知れないが、噂をしている最中、旧双黒も或る意味最中だった訳だ。予想はドンピシャで的中、二人は正真正銘恋仲である事が確定した。そんな事は露知らず、旧双黒は新双黒の想像以上に甘い会話を交わした。
「ねぇ中也」
「何だ?」
「愛してるよ、ハニィ」
「ハッ、相変わらずクセェなァ、俺もだよダァリン」
否、先程恋仲と云ったが、これ程となると。
夫婦なのではないか。
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